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第五十九話 一番の親友(北原恭介視点)

 教室に入ると、いつも通り女子二人が出迎えてくれた。


「二人ともおはよー!」


「おはよ」


 元気一杯の澪さんの挨拶に、クールに返す圭。夏休みも明け、やっと日常が帰ってきた気がする。


「おはよー! 利奈もおはよ!」


「おはよ、恭介」


 そして、俺の彼女は今日もかわいい。そう、何もかもがいつも通り…………なんだけどなぁ。


 そう、俺だけが。無理をしている。


 小さい頃から無理をするのは慣れていた。あの女が家族という枠組みの外を踏み出した時、父さんは俺を枠の中に留めようと頑張ってくれた。


 体を壊してしまうのではないかと心配になるくらいに。


 だがら俺もそれに応えたくて。勉強も運動も頑張った。無理をした。最近は最高の友達と彼女に囲まれて、本当の自分でいられた……気が、していたのに……。


 気を抜くと、どうしても暗い顔になってしまいそうで。


 俺はギュッと唇を噛み締めた。



「利奈、1時間目なんだっけ?」


「え? うーんと、物理だね」


 物理。悪くない。


 俺が一番好きな教科は数学だ。


 数学は裏切らない。もちろん、勉強としては裏切られたと感じることはあるけど。しっかりと型があって、それにハマるものは一つ残らず答えが出る。


 人間関係はこうはいかない。幸せな家族へと公式なんてものはない。前提条件が崩れ去ることもあれば、せっかく最後まで解を出したのに不適なことだってある。


 永遠の未解決問題。きっとこれからも解かれることがない、最強に難解な問題だ。


 だから俺は数学が好きだ。答えが出てくれるから。もし解なしなら、それが答えになるから。だから物理も悪くない。



 後ろのバカップルたちも同じ話題みたいだ。ていうかもう隠す気ないよね? 君たちの噂、流れまくってるけど、大丈夫そう?


「恭介〜、1日頑張れるように応援してー!」


 後ろに気を取られていたら、隣からかわいいおねだりが飛んできた。やっぱりウチの彼女はかわいい。


「よーし、頑張れー、頑張れー!」


「ふふ、恭介はいつも楽しそうだね」


 笑っている利奈の言葉が、今日だけは少しだけ心にチクリと刺さった。



 授業が始まってしまえば、頭の中から余計なことが抜けていくのに時間はかからなかった。


 目の前の問題に集中できる。スラスラと脳内に数式が流れ込んでくる。


 黒板での先生の解説もどこ吹く風と、完全に自分の世界に入ってしまう。正直、この授業の予習はとっくに終わってるし、昨日の睡眠不足を解消しても良いのだが、目の前に問題があると解いてしまう。


 これはもはや病気か……?


 まぁ、いいか。睡眠は次の現代文で取ろう。



 現代文での休憩のおかげで(先生ごめんなさい)、午後までお目目ぱっちりで終えることができた。


「恭介〜、私頑張ったよ〜」


 もうヘトヘトといった感じで利奈がトコトコと近づいてくる。


 利奈は俺にだけ甘い。とことん甘い。ちょっと前まで敬語だったとは思えないくらいベタベタとくっついてくる。まぁ、そこがかわいいんだけどね。


 それでも他の人と話してる時はサバサバしてるんだよな。それもかわいい。


 ……と、放課後一発目で惚気てしまったが、これも全部かわいい利奈が悪い。



 後ろで帰る準備をしている圭に意を決して話しかける。


「帰るぞ、圭」


「あっ、うん」


 少しポカンとしている圭。なんか変だったかな?


「二人ともバイバーイ!」


 元気に別れの挨拶をしてくれた澪さん。その後ろでニコニコで手を振ってくれてる利奈。


 美少女二人に後ろ髪を引かれながらも、俺と圭はいつもの通学路を歩いていく。


「ねぇ、圭」


「どした?」


「昨日のことなんだけど」


 まさか俺の方から喋るとは思ってなかったのか、圭が一瞬顔を引き攣らせた。


「昨日来てたのは、母さんなんだよね」


 構わず話し続ける俺に、圭が『そうなんだー』なんて相槌を打ってくれる。本当は気づいてたくせに……


 そんな圭の優しさに触れて、俺はゆっくりと昨日のことを話し始めた。それを全て真剣に受け止めてくれる圭。やっぱり優しすぎるぜ、親友!


 でも、俺が一番言いたかったのは。


「それでさ、昨日はごめんな、結構キツイこと言っちゃって」


 昨日の俺はあまりにもひどかった。あんな言い方するつもりはなかったのに、心の中の棘が言葉にのって発射されてしまった。


「いいよ別に。そんなんで崩れるような関係じゃないだろ」


 うっすら分かっていたが、圭はどうってことないと手を振っている。


「それもそうか」


 いや、これは当たり前じゃない。もちろん十年以上の関係値もあるが、圭の優しい性格に助けられている。


「今日は話してく?」


 気がつくと、もうウチが見えてきていた。本当に、圭に助けられてばっかりだな。


「今日はそうしようかな」


 あの女のことを話すかは分からない。でも、話しても話さなくても、圭は絶対に俺のことを受け止めてくれる。


 久しぶりに圭の歌も聴きたいな……


 そんな楽しげな気持ちが乗ったのか、俺の足取りが軽くなる。圭も、俺の様子をみて安心したみたいだ。


 ありがとな、本当に。


 声にこそ出さなかったが、きっと伝わってる俺の気持ち。だって、圭は俺の――


 一番の親友だから……!

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