23.クッキーの木(中編)
チョコチャンククッキーが収穫できる樹木が育った翌日のこと、早朝から自宅に押しかけたつばめを出迎えたオレは、せっかくだからと一緒に朝食を摂るよう勧めたのだった。
それというのも、どうにかして例のパンを消費してしまいたいという思いと、あの形容しがたい味を共有したいという思いがあったからで。
脳内BGMで流れる『ミルキーはママの味』の調べに乗せながら、「クッキーパンは虚無の味」と差し出してみるも、やはり予想を裏切らないといった感じで、つばめの反応は渋かった。
「虚無の味、じゃないわよ。なによ、このパン。チョコチップが見えているのに味がしないじゃない」
ブツブツと文句をこぼし、眉をしかめながらも、つばめはクッキーパンを食べ続けている。
「不味かったら食べなくていいんだぞ」
「ふん、おあいにく様。あいにく育ちがいいもので、出されたものは残さずいただく性分なのよ」
とは言ったものの、あまりの味気なさにうんざりしたらしい。付け合わせで出した鹿肉の燻製をパンに挟んだつばめは、先ほどよりはいくぶんはマシといった表情で、乱雑なサンドイッチを頬張っている。
「それで? こんな朝早くからどうしたんだ?」
肝心の用件を聞いていなかったので改めて尋ねてみると、サンドイッチを口元に運ぶ手を止めて、穏やかな表情から一転、つばめは説教モードに入るのだった。
「用件もなにもないわよ。昨日の種子ガチャ配信見たわっ」
「ああ、わざわざ見てくれたのか、それはありがとう」
「どういたしまして……じゃない! なによ、あの配信! まったくなってなかったわ!」
椅子から立ち上がったサイドポニーの少女は、オレを指さして続ける。
「なんであんな美味しいネタが飛び込んできたのに、微妙なトークしかできないのよ!」
「微妙なトークで悪かったな」
「ほんっと……! わたしがあんたの立場だったら、クッキーの木をできるだけいじりにいじって、これでもかっていうぐらいにスパチャを稼いでいるっていうのに……!」
わなわなと全身を震わせるつばめ。そんなに悔しいなら、種子ガチャ買えばいいのに。
「あんな超絶特大ネタが転がり込んでくるわけないでしょう!? 自分がいかに恵まれていたか、いい加減自覚しなさいな」
「まあ、ミアからはSSR級って言われたな、確かに」
「もう……。弟子のあんたがそんな調子だと、師匠であるわたしの調子にも悪影響が出るんだからね? しっかりしてよ」
どういう関連性があるのかまったくわからないし、師匠を自認するのも止めてもらえないかなあと思いつつ、聞き流す感じで、虚無の味がするパンをもぐもぐ食べ続ける。
ああ、コーヒーで流し込めばなんとかイケるわ、このパン。……とか、そんなことを考えていた、そんな矢先。自認師匠はとんでもないことを言い出した。
「だからね、わたし考えたの」
「なにを?」
「今日からわたしのチャンネルと、あんたのチャンネルでコラボ配信をするわよ」
その言葉を聞いた瞬間、思わずコーヒーが気管に入ってむせかえってしまう。……唐突に何を言っているんだ、お前は?
「だーかーらー。あんな美味しいネタ……じゃなかった、扱いにくいものを配信初心者が実況し続けるのも厳しいかなって」
「はあ」
「そこを経験豊富なわたしが補ってあげることで、あんたも安心して配信ができるだろうし、師匠のわたしも弟子の成長を見守ることができるでしょう? まさに一石二鳥ってなわけ」
どう考えても、お前がチョコチャンククッキーの木を餌にして、スパチャを稼ごうという魂胆しかないよな、それ。
まあ、もともとつばめはそういうところがあるからなあ。百歩譲って提案はヨシとしよう。
でもさ、どう考えても十代半ばにしか見えない女の子と、三十過ぎたオッサンが一緒の配信に出てるとか、どう考えても犯罪臭しかしないじゃん?
コメント欄が荒れる未来予想図だけが容易に想像できるわけで……。
心の安寧とオレのチャンネルの治安を守るためにも、ここは丁重にお断りしなければと決心したオレは、それとなく話題を転じることにした。
「そういえば、つばめ」
「なによ」
「ヨミさんとは仲直りしたのか?」
「うっ……」
急な変化球に意表を突かれたらしく、つばめは明らかにたじろぎ、虚勢を張るように表情を取り繕った。
「あっ、あんたには関係ないでしょう?」
「あのなあ、朝も早くから自宅へ押しかける相手に対して関係ないはないだろう。関係ないは」
「…………」
「つばめだって、謝りたいって言ってたろう? せっかくのご近所暮らし。みんな仲良くしたいじゃないか」
「わかっているわよ、そんなこと……」
足下にじゃれつく子猫のサスケを抱きかかえ、つばめは落ち込んだ様子で続けてみせる。
「でも、いざ謝るにしてもどうしていいのかわからなくて」
「謝りにくいなら仲介するけど」
「余計なことしないでよっ。これはわたしとヨミの問題なんだからねっ」
確かに。よかれと思ったことが悪手になるケースもあるもんな。ある程度は自重するべきなんだろう。
とはいえ、いい感じで話題がそれてきたぞと、つばめには申し訳ないけれど満足を覚えるわけで。
今日の配信も平和に行えそうだなあとか考えていた、そんな最中。
玄関の扉が勢いよく開き、相棒である妖精と、たおやかな女性が姿を現したのだった。
「聞いて聞いて、ユウイチ! 今日の農作業はヨミも手伝ってくれるって」
「配信に映らない範囲であれば、お手伝いさせてください……って、あら?」
ヨミはそう言うと、動揺を隠しきれないといったサイドポニーの少女を見つめ、それから二人分の食事とコーヒーカップが二つ並んだテーブルへと視線を動かした。
「……どうにも、お邪魔してしまったようですね?」
「いえっ。ヨミさん、これはですね」
「いえいえ、どうかお気になさらず。つばめちゃんとユウイチさんがどうであろうと私には関係ありませんから」
そして、これ以上ないほどの笑顔を浮かべ、ヨミは立ち去って行くのだった。
さっ、最悪だ……。不本意な誤解のされ方をしているじゃないかっ……!
「……二人とも、何やってたのよ?」
呆れ果てたという表情で、ミアはため息交じりにオレとつばめを交互に見つめた。
「何もしてないんだよ……」
「それにしてはこの娘の落ち込みっぷりが酷いけど」
座り込んだツバメは、背もたれに力なくもたれかかり、心ここにあらずといった面持ちで虚空を眺めている。
「面倒ごとが増えただけだから気にしないでやってくれ」
「面倒ごと?」
「いや、それはオレも変わりないのか?」
ヨミさん、笑ってはいたけど、明らかに軽蔑したような感じだったもんなあ。ああ、もう、こんなことなら朝食勧めずにさっさとつばめを帰らせればよかった。
とはいえ、起きてしまったことはどうしようもできず。
いずれは誤解を解かなければいけない必要性に迫られながらも、気分転換がてら、一旦は例の樹木を見に行こうと思い立ち、オレは農作業の準備を始めるのだった。
そして、外に出た瞬間、こんがりとしたきつね色に実るチョコチャンククッキーを目撃するのである。




