24.クッキーの木(後編)
樹木へぶら下がっているには似つかわしくない物体を眺めていると、三次元ディスプレイには次々とコメントが流れ始めた。
「マジでクッキー熟しているとか草なんだが」
「豊穣の神メチャクチャやろ」
「いいから試食してみろ」
すでに配信は始まっていて、カメラ代わりの球体を構えたミアが、何でもいいからリアクションしなさいよと促している。
いやいや、リアクションしろって言うけどさ。こっちは昨日から非常識の連続で、正直、これ以上、反応しようがないんだってば。
小一時間で生長した樹木にチョコチャンククッキーが実って、それが一日経ったら,
こんがりきつね色に焼き上がっているんだぞ? でたらめが過ぎるし、常識がゆがむってなもんだわ。この世界を作った神様を連れてこい。
「俺です」
「私だ」
「小生どす」
……そうだった。神様たちを相手に、実況配信していることを一瞬でも忘れていたオレがバカだった。
とにもかくにも、だ。
敏腕プロデューサーである妖精の推測通り、本当に熟してしまったのである。食べないと話が進まないわけで。
いいから早よ食えというコメントであふれる中、オレは覚悟を決めて、きつね色のチョコチャンククッキーをもぎ取っては、おずおずと口に運んだのである。
もぐもぐもぐ……ゴックン。
「お……」
「お?」
「美味しい……」
「本当に?」
疑惑の眼差しを向けるミア。お前、自分で予想しておきながら、なんで疑っているんだよと、オレはチョコチャンククッキーを小さく割って、妖精の口に放り込んだ。
「あらやだ、本当に美味しい」
「なんで嘘ついてると思ったんだ?」
「だって。自分で言っておきながらなんだけど、昨日の今日でこんなに美味しくなっているなんて思わないもの」
悪びれることなく言い放ち、ミアはおかわりを要求する。配信中なんだし、少しは我慢したらどうなんだと思いつつも、オレは相棒の口に再びクッキーを放り込んだ。
すると、美味しそうにクッキーを食べていたのが、リスナーの琴線に触れたらしい。
三次元ディスプレイには小腹が空いたとか、甘いものが食べたいなんていうコメントが流れ始め、しまいにはこんな発言も飛び出すのだった。
「そんなに美味しいなら、直接、食べに行きたい」
いやいやいや、さすがにここへ来られるのはまずいですって。口には出せないけど、俺以外にも元トップストリーマーだったヨミや、つばめが暮らしているのだ。
もしもリスナーたちが押しかけて、そんな暮らしがバレてしまったら大騒ぎどころじゃすまなくなるぞ、と。
平穏な暮らしを守るためにも、せめて郵送とか、そういう手段でお裾分けできないかなとか考えていたところ、ミアは肩をすくめて応じるのだった。
「バカね、本気なわけないじゃない。リスナーだって直接押しかけちゃいけないことぐらいわかっているわよ。そこのところの線引きはできているんだから」
根が真面目なのは知っているけど、まともに取り合うことはないのよ。そう付け加えるミアの声に、再び、三次元ディスプレイへコメントが流れ始める。
「それがユウイチのいいところ」
「優しさやな」
「ネコチャンには食べさせるなよ」
ごくごく一部をのぞくリスナーからの声に、内心で赤面する。くそう、配信初心者だから、どこまで本気で受け取っていいのか、マジでわからん!
……なにはともあれ。
育ってしまったチョコチャンククッキーの木を、これからどうしようかという悩みは残る。昨日、間引いたはずなのに、すでに新たなクッキーが実っているし。
甘いものは好きだけど、延々と収穫できるクッキーなんて一種の恐怖でしかないのだ。これからおやつ代はいらなくなるねとか、そんな次元の話ではない。
なにせ、オレ自身、三十過ぎのオッサンなのだ。食べ過ぎて血糖値爆上がりとか、悪玉コレステロールが大増殖とか、人間ドックで引っかかってしまうような食生活は避けたいところである。
さっきの誤解を解きがてら、ヨミさんにお裾分けにいくとか、突如として押しかけてくるつばめに食べさせるとか、そういったことも考えたけど、それにしたって消費する量はたかがしれているわけで……。
これはもう、本当に、リスナーたち向けの商売でも始めてしまおうかな、と。そんな思いすら脳裏によぎるのだ。
幸いにも、クッキーの木が育ってからというもの、結構な閲覧数や高評価を獲得できている。間違いなく需要はあるはずで、今後はユウイチチャンネルの目玉となりそうなコンテンツになってくれるだろう。
……ダメだダメだ。考え方がミアみたいになってきた。
まあ、数字とかはさておくとして、みんなに美味しいクッキーを食べてもらう分には、リスナープレゼントはありかもしれないね。消費量も格段に増えるだろうし。
その方向で検討しようかななんて、そんなことを考えていた、まさにその瞬間。
まばゆいばかりの光がチョコチャンククッキーの樹木を包み込むのだった。
何が起きたか理解できないまま、片手で視界を防ぐ。体感で十秒が過ぎたころだろうか、ようやく光は収束し、再び現れた光景にオレは愕然とする。
先ほどまで、確かにそこへ存在していたチョコチャンククッキーの樹木が、跡形もなく消え去っていたのである。
「……は? なんで?」
半ば独語のように呟くと、三次元ディスプレイからピコンという機械音が発せられた。スパチャの通知である。
振り返って確かめると、かなりの金額が投げ入れられていて、オレは目を丸くするとともに、スパチャとともに書き込まれていたコメントを読んで、呆然としてしまうのだった。
「どうも、豊穣の神です。いやあ、悪い悪い。なんかの手違いで実験中の種子を紛れ込ませてしまったらしい。その樹木はさすがにチート過ぎるから、こっちで排除しておくね。ってなことで、これは詫びスパチャです」
……詫びスパチャ? っていうか、豊穣の神から直接のコメント? ……なにもかもよくわからないんだけど。
「……ようするに」
補うようにミアは口を開く。
「種子ガチャとして販売するものの中に、混ぜちゃいけないものが混ざっていたっていうことでしょう? それが今回、ユウイチの手に渡ったってことで」
「じゃあチョコチャンククッキーの木は……?」
「最初からなかったことにしてくれってことじゃない?」
いやいやいやいや、そんなのありか!? まあ、確かに持ち腐れ感があったことも否めないけどさ! リスナーにプレゼントしようとか思っていたオレがバカみたいじゃん!
「さすがユウイチ、いろんな意味で持ってる」
「逆に持ってないんじゃね?」
「詫びスパチャって初めて聞いたな」
見事なオチに、次々とコメントが流れていく。その様子に異世界ならではの不条理さを噛みしめながら、オレはせめて手元に残ったチョコチャンククッキーの残りだけは味わって食べようと心に誓ったのだった。
あと、虚無パンね。
こうなってくると、あのパンも惜しく思えてくるから不思議だよなあ……。




