22.クッキーの木(前編)
青々とした葉の間からのぞく、たわわに実ったチョコチャンククッキー。
それを見た瞬間に思ったね。ここは『ちいかわ』の世界かよって。
ただまあ、樹木にクッキーが育ったというのはリスナーである神様たちにとっても予想外だったようで、三次元ディスプレイには恐ろしい勢いでコメントが流れていく。
『クッキー!? ガチで!?』
『なんで樹木にチョコチャンククッキーが実るんだよ』
『豊穣の神に常識とかないんか』
『さすがユウイチ、こういう時は持ってる』
『毒味……じゃなかった味見してみろよ』
植えてから一時間で育ちきる特性を持つ種子ガチャは、収穫までの間、一定のリスナーがその様子を見守っていたこともあり、順調に閲覧者数や高評価が伸びていく。
「何言ってるのよ。ごくごく普通の作物が育っていたら、目も当てられない有様になっているんだからね」
カメラを抱えながらミアが呟く。いわゆる、コモンとかノーマルランクの農作物だった場合、リスナーはゼロという現実もあったらしい。
「いわばSSRとかURを引き当てたんだから! もっと喜びなさい!」
みじんも興奮を隠そうともせずに相棒の妖精は声を上げるものの、こちらとしては非常識極まる樹木に戸惑いしかないわけだ。
なんだよ、チョコチャンククッキーが実る木って。ファンタジーにもほどがあるわ。
ここはいったん、気持ちを落ち着かせるためにも、他の種子ガチャで育った作物を収穫してだな……。
『現実を直視しろ』
『逃げるな』
『いいから食えって』
『ネコチャンにはやるなよ』
その場を離れようとした途端、リスナーのコメントが行動に制限をかけてくる。わかったよ、わかりましたって。試食すればいいんでしょう!?
……とは言ったものの。
「これを食べるのには勇気がいるな……」
枝につり下がったチョコチャンククッキーは、ある意味で道ばたに落ちているそれを彷彿とさせるわけで……。自然と調和のとれない光景をまじまじと眺めながら、オレは軽く息を漏らした。
(ええい、ままよ!)
決意を固め、チョコチャンククッキーに手を伸ばしたオレは、それをもぎ取っては口へ運び込んだ。
もぐもぐもぐ……。
「これは……」
「これは?」
「味がしない」
「はあ?」
「無味だな、完全な無味」
美味しそうな見た目との完全なギャップに脳が混乱を起こしている。何かの間違いじゃないかと思い、もう一口かじってみたものの、味がしないことには変わりない。
「面白いと思って、嘘ついているんじゃないでしょうね?」
「わざわざそんなことするかい。嘘だと思うならお前も食べてみろって」
オレはチョコチャンククッキーを小さく割って、ミアに手渡した。カメラを片手にクッキーを頬張った妖精は、眉をしかめて率直な感想を漏らしてみせる。
「味がしない……っていうか、美味しくない」
「ほら見ろ、言ったとおりだろう?」
すると、こちらのリアクションが気になったのか、真偽を確かめるようなコメントがちらほらと目立つようになった。
『チョコ入っているのに味がしないとか嘘だろ?』
『豊穣の神が監修している種子だぞ? 美味しくないわけがない』
『いやいや、SSRと見せかけて、実はハズレだったってオチなんじゃないか?』
『どっちにせよ、神引きレベルには間違いない』
で、そんな中、とあるコメントがオレに目にとまったわけだ。
『チョコチャンククッキーにしては、焼き色が薄くないか?』
思わず手にしているクッキーに視線を落とす。……確かに、きつね色というよりもクリーム色に近い焼き色で、オレとしてはよく気付いたなと感心を覚えるほどだ。
ええ? でも、クッキーはクッキーでしょ? 焼き色の濃さで味が変わるかなあ?
「……いえ、案外、鋭い指摘かもしれないわよ」
声に出したのはミアで、ツインテールの妖精は自らの推測を語り出した。
「樹木にお菓子が実るっていう考えが間違っているのよ。そこの木に実ったのは、クッキーじゃなくて果物なの」
「……どう見てもクッキーしか実ってないけど」
「そうじゃなくて。お菓子に見せかけた果物の一種なのよ、それ」
言っている意味が理解できず、首をかしげていると、ミアはカメラを抱えたまま、日の当たる方向へと飛んでいき、別の場所に実ったチョコチャンククッキーにカメラを向けた。
「ほら見て。こっちのクッキーは焼き色が濃くなっているでしょう」
「……本当だ……。なんでわかったんだ?」
「簡単な話よ。日光に当たったほうが果物は熟しやすいもの」
つまり、このチョコチャンククッキーも日光に当たって熟しているのだという。そんなバカな。
「ものは試し。実際に食べてみて」
言われるがまま、焼き色の異なるクッキーに手を伸ばしたオレは、それを口に運び込み、そして瞬時に違いに気がつくのだった。
「……さっきのやつより甘い」
「でしょう?」
自説の正しさを証明したことに満足したのか、ミアはえへんと胸を張ってみせた。これにはリスナーの神様たちも驚いたようで、
『おおおおおおお! 妖精の推察すげえ!!』
『むちゃくちゃすぎる』
『いいからネコチャンにはやるなよ』
などのコメントがあふれていく。もとよりサスケにはやるつもりはないので、一部コメントは自重していただきたい。
ともあれ。
クッキーが熟すということは理解した。とはいえ、この謎の樹木をどうしたらいいかという根本的な解決には至っていないわけだ。
だってさ、マジで百枚単位のクッキーが実っているんだよ? これらをすべて“完熟”させなきゃいけないなんて大変すぎるだろう? 食べるにしても消費しきれないぞ?
「ユウイチ、考え方を変えるのよ」
「考え方?」
「たとえばだけど、リンゴの樹木って果実を間引いていって、少なくなったものに栄養を行き渡らせるじゃない?」
つまりは少数を美味しくさせる果実の育て方を見習って、このチョコチャンククッキーも数を少なくさせればいい……ミアはそう言ってから、さらに語をついだ。
「少なければ管理も楽になるし、クッキーだって熟しやすいはずよ。それにユウイチもどうせだったら完熟した美味しいクッキーを食べたいでしょう?」
「完熟した美味しいクッキーっていう言葉には戸惑いしか覚えないけど……。まあそうだなあ」
言っていることに間違いはないので首肯したものの、どうにも引っかかる点が一つ。
「間引いたクッキーはどうするんだ? 食べるにしても美味しくないし、捨てるにはもったいなくないか?」
「細かく砕いて、パン生地に混ぜて焼いちゃえばいいんじゃない? 再利用ってやつよ」
肥料にするにももったいないし……と、リアは続ける。思わぬところでやりたいと思っていたパン作り実況配信につながるなと考えたけれど。
違うんだよ! オレがやりたかったのは、もうちょっと落ち着いたチルなパン作りであって、大量のクッキーを再利用するための強制パン作りではないんだっ……!
『いいからクッキー育ててみろって』
『パン作りも見ててやるから』
『これで美味しくなったらマジで奇跡だな』
こちらの気など知らないリスナーのコメントが流れていくのを見ながら、オレは肺が空になるほどの深いため息をもたらした。くそう、みんな自分のことじゃないと思って、好き勝手言ってくれる……!
わかりましたっ! やるよ、チョコチャンククッキーの木、育てたらいいんでしょう!?
半ばやけになりながら樹木に向かい直ると、オレは手を伸ばしクッキーを間引き始めた。
こうして。
なんとも不思議なチョコチャンククッキーを完熟させるための農作業が始まったのである。
あ、余談だけど、クッキーを細かく砕いて作ったパンは微妙なお味でした。小麦の味のあとに虚無が襲ってくるっていう感じ?
……恐ろしいことに大量に作ってしまったため、しばらくの間、三食はこれになります。頼むから甘くなってくれ、チョコチャンククッキー。




