第54話 ソラとカオルと
『空を飛びたい』などと言う変な男と知り合ったキッカケは、まさしくアイツが『落ちてきた』からだった。
世界を滅ぼすためにはまず己を強くしなければならない。王都から放逐された後、カオルが取った選択肢は『ひたすら魔物と殺し合って実戦で己を磨き上げること』だった。格闘技や武器の扱いなど未経験だ。今から誰かに師事して技を磨いたところで、世界を滅ぼす力には程遠い。
ならば元いた世界にはいなかった魔物と殺し合うことで、昔から優れていると言われてきた『野生の勘』を磨くことに集中しようと。世界を滅ぼせなくても、せめてあの男は殺したい。初志貫徹。右も左もわからぬ世界での、これがただ一つの指針になっていた。
そして今日も。ちょうどカオルは熊型の魔物を殺した所だった。魔物の名前は知らない。ただ、なかなかに手強く、良質な素材が沢山取れるので重宝する相手だった。今回の戦闘で、得物にしていた安物の剣は折れてしまったが、買い直す余裕ができる程度の収入にはなる相手だ。さて解体するかとカオルがナイフを取り出したところで。
「うわあああ〜〜〜っ!?」
情けない悲鳴をあげつつ、熊の死骸の上に何かが落ちてきた。呆気にとられて見ていると、モゾモゾと動き出す。どうやら生きてはいるようだ。
「いたたたた……」
「ちょっとアンタ。邪魔なんだけど?」
落下者の無事を確認すると、そこをどくようにとカオルは言う。もとより無事でなくても関係ないが。
「あ、すみません……不時着するにしても、熊の死骸ならクッションになると思って。計算通り、痛みはあるものの怪我はありません!」
「……どうでもいいから早くどいて。肉が痛むから」
「あ、失礼しました。手伝いますよ」
「いらない」
余計な手を出されたくなかったカオルだが、村で見覚えのある顔でもあったため、村までの搬送を手伝ってもらった。
「アンタ……魔導技師だよね? 確か『ノダ』だっけ?」
「そうです。あなたもよく狩りで得た物を村で売却していますね。カオルさんでしたか?」
「カオルでいいわ。今回の熊で宿のツケが払えるの。助けはいらなかったけど、まぁ、楽にはなったわ。ありがとう」
「ふむ……カオル。よければウチで暮らしませんか?」
「っはぁ!?」
男いわく、自分も作業に人手が欲しいし、もっと魔物の素材も必要だ。部屋を貸すから家賃代わりに作業の手伝いをして素材を安く譲って欲しい、とのこと。
「僕には『空を飛ぶ』という夢があるんです」
「アンタ……変わってるとは思ってたけど、ここまで変わってるとは思わなかったわ……」
「どこに行っても変人扱いですからね。もう慣れてますよ」
男は『異界人』の自分をそのまま受け入れ、頼まなくても勝手になんでも作ってくれた。タバコが欲しいと言えば無害なタバコモドキを、お気に入りのサングラスが魔物に傷つけられた時には修理ついでにと魔術加工して視界を明るく。
『機械仕掛けの魔女』の手配書が回ってきて、男が動くように改造したという異界から来た師匠のラブドールの話を聞き、思わず飛び出そうとした時は『1年待ってください。その間に魔力を集中的に鍛えておいてください』と説得され、1年後には魔力量で強度が増すパワードスーツを餞別にくれた。
『……アンタも、一緒にいく?』
『僕には、叶えたい夢がありますから』
『じゃあさ、帰ってきた時はエッチしよっか?』
『ばばば馬鹿言わないでください!!』
そんな調子で別れたのは精々10日前だ。こちらとしては気まずいが、再会してなんともない顔をされている現状、それはそれで腹が立つ。
「別に……元の世界に戻れば、もう会うこともないしね」
今日も素材目当ての狩りをしつつ、カオルは1人呟いた。




