第40話 勇者 ユリ=カオルは闇堕ちする
「ようこそ勇者様! あなたには大切な使命があります!」
サングラス越しにも眩しい、そんな激しい光が消えた時、薫の耳に聞こえてきたのは軽薄そうな男の声であった。
「……その使命ってのは、1日半で終わる内容?」
「それは無理だねっ!」
「コロス」
薫に格闘技の経験はない。しかし己の内より湧き出でる『殺意』に身を任せたままに駆け出し……たかったのだが、体は動くもののその場から離れられない。
「何これ?」
「おぉ、怖い怖い。今度の勇者様はまるで野生動物だね。例えるなら女豹かな? いや〜結界張っといて良かった〜!」
過去、異界からの『勇者』召喚時に激昂する者もいれば錯乱する者もいた。それらを組み伏せられなくもないが、やはり事前に予防線は張っておくものだなと、無駄な労力を嫌う男はそう思った。
「質問したそうな顔だけど、面倒だからこっちのペースで説明するよ? まずボクの名はハジマ。王宮の召喚士だ。王宮っていうのはまぁ、この国を牛耳ってるヤツらだね。で、君はこの『異世界』に召喚された『勇者様』だ。ちなみに君で19人目ね。使命ってのは大いなる災いを退けること。それが何かは誰にもわからない。ただ、君達の中の誰か1人でもそれを成し遂げた時に、君達みんな元の世界に帰れるはずだからそんなに気負わなくてもいいよ?」
ハジマは、手慣れた営業トークでもするかのようにスラスラと語る。そこに感情はまるで入っていない。よく見るともう1人、今にも倒れそうな人影がある。2人とも目深にフードを被っているので、その表情は見えないが苦しそうだ。
「……そっちの人、ヤバそうだけど放っておいていいの?」
「いつものことだから問題ない。それより『なんで自分が?』って顔だね。うん、申し訳ない。ややこしい条件はあるけど、突き詰めると『たまたま』なんだ。何人か前の勇者様が言ってたな『それじゃまるで勇者ガチャじゃねえか!』って。ガチャガチャとか懐かしいね。こちらとしても当たり外れがある分、結構リスキーなんだけどね」
「……それで? 元の世界に帰るために、アタシは何をしたらいいの?」
「別に何も? 身分と生活の保証は王宮がするし、好きに生きてくれたらいい。こちらとしても、現時点で19人召喚した内の誰が予言の勇者様なのかわからないしね。何人かは既に死んでるし。まぁ君は……サングラスかけてるからギリギリ四つ目だけど、黒髪じゃないからハズレみたいだし。戦力的にはアタリっぽいから、もったいないけどね」
それを聞いて、薫は勘に任せて身構える。
「……好きに生きていいってことは、アンタをこの場で殺してもいいってわけね」
「無理だけどね」
薫は全身に気合を入れて、駆け出す。体にかかる圧力を跳ね除ける。結界なんて知らない。とにかくコイツは今コロス。
「だから無理だって」
ハジマは顔色ひとつ変えない。そして薫の指がその眼前に届く瞬間、ハジマは消えた。
「えっ?」
虚をつかれた薫は警戒を解かずに周囲を見渡す。そこは夜の闇の中、遠くに見えるのは街の明かりか。
「……やられた」
人間1人、異世界転移させられるようなヤツだ。眼前の敵をワープさせるなど造作もあるまい。
「好きにしていいって、言ってたわね……」
薫は考え込む。あの男をコロスのは確定だが、それだけでは気が済まない。
「よし! この世界を滅ぼそうっ!!」
───まるで今夜の献立を決めるように軽く、薫は決意した。




