第39話 OL 百合薫はお迎えする
2019年3月某日、日本、とある地方のどこかのマンションにて。
「あと1日っ! 明日ッ! 明日の仕事が終われば、遂にお迎えッ!!」
雀がチュンチュンと鳴いている早朝、近所迷惑な大声が響き渡る。
カレンダーに×印を記入しながら、満面の笑みで独り言を言う女性の名は百合薫。29歳独身、1人暮らし。
太腿の辺りまで伸ばした、やや焦げ茶色に染めている髪は寝癖でボサボサだ。健康的な肌に光る切長の眼は、色っぽいというよりもどこか野性味を感じさせ、気合を入れて拳を突き出した拍子に、桜色のパジャマ越しに控えめな胸がそれなりに揺れた。
「待ってるわよ〜アタシのドールちゃん!」
この女、注文したラブドールが明日届くとあって朝からウキウキなのである。すぐに早朝の大声を反省するも、今日と明日は勘弁してほしいと願う。それを反省とは言わない。
知るキッカケはなんだっただろうか? 今となってはもう思い出せない。それほどまでに短期間での情報収集に精を出していたのだ。ニワカであるのは否定できないが、一通りの知識は身に付けた上で注文に挑んでいる。
とにかくラブドールという存在を知り、『すごく可愛い』と思い、興味を持って調べていくうちに女性のラブドールオーナーも多いと知る。男女ともに、必ずしも性交が目的でお迎えしているわけではないようだ。なんと奥深い世界か。ならば自分もその1人になってみようか。
彼氏はいない。昔はいたが、それはもう昔の話だ。1人で生き、1人で死んでいく。そう思っていた。そう決めていた。しかし。
「と、都会に行けばショウルームがあるのね? 女性のお触りは駄目みたいだけど……行ってみる価値はありそうね!」
国産ラブドールのメーカー直販店舗から、外国産ラブドールの輸入代理店まで、多くの店舗がショウルームを構えているようだ。この辺りも、数ある店舗の中から購入するお店を決める上で重要な要素になるのかもしれない。今回はラブドール情報ブログでお勧めされている代理店に連絡を取り、見学させてもらうことにした。
ある程度は事前に聞いていたものの、やはり見るのと聞くのとでは大違いであった。
まず、こちらの代理店では『女性来店者のお触りOK』とのこと。サンプルとしてのシリコンやTPEの破片を安価で購入できる店も多いのだが、今回はドール購入を前提としているため、1体丸ごとを間近に見て触れられるのは、大いに助かる。
「大きい……」存在感とでも言おうか、そう広くない事務所の一室でソファに座るドールは、当然ながら人間と変わらない大きさだ。「素手で触られても大丈夫ですよ」ガイドしてくれる店員が言う。「あっ、柔らかい……それになんだかしっとりしてる。感触は人間よりは固いかな?」「シリコンですからね。TPEだともっと柔らかくて透明感がありますよ」
「こちらが比較用のシリコンとTPE素材のサンプルになります。ご注意頂きたいのは、TPEを触った手でシリコンを触ると溶けてしまう、という点です。油も付きますし、ご面倒をおかけしますが、それぞれを触る度にお手をお洗いください」
この時点で結構な時間が経過しているが、このお店では「時間制限はありませんので、ごゆっくりとご覧になってください」とのこと。興味本位で「見学希望する女性ってどのくらいいるんですか?」と聞くと「比率は男性9に対して女性1といったところですね」と返事が。なるほど、レアではあるけれど激レアではないのか。
せっかくなのでとその場で購入手続きをお願いすると、快く引き受けてくれた。大金が動くし、こういったことは勢いが大事だから。胸の高鳴りを感じつつ、自分にそう言い聞かせる。
注文したドールは外国産で、注文を受けてから製作開始し、完成次第輸入。一旦こちらのお店にて開封、状態に問題がないかをチェックした上で、マンションに日時指定で届けてくれるということになった。この辺りはサービスとしての側面が大きく、お店によって大きく変わるらしい。
「では、お届けまでおおよそ1ヶ月ほどのお時間を頂きます。お客様はその間、場所の確保や衣装の購入などをしてお待ちくださいませ。もちろん気になる点、わからないことなどはいつでもメールやお電話でご質問ください。誠心誠意、お応えさせて頂きます」
それから約1ヶ月。いよいよ明日の夜『お迎え』だ。
シャッとカーテンを開ける。今日もいい天気だ。早朝から日差しがまぶしくて、まるで足元からライトで照らされているかのよう。
「……何これ?」
実際に足元から照らされていた。日差しでもなくライトでもなく、魔法陣に。
「えーと……アタシ、死ぬのかな? それとも、どっかにワープさせられちゃうの?」
昔、一時期ハマっていたオンラインゲームにこういう演出があったのだ。アイテムを使うと足元に魔法陣が出現し、一定時間経過すると安全地帯にワープできる。ワープするまで動けないし、攻撃されるとワープがキャンセルされるしと、中々に使いづらかったのを思い出す。
歩いてみる。……移動はできるようだ。魔法陣も付いてくるが。
「どうしよっか」
死ぬにしても、大した不都合はない。ドールの代金は既に振り込んでいるし、精々スマホ利用料等の自動引き落としで口座がカラになるのが気になるくらいだ。
それにしても、と思う。もしワープさせられているのならば、何者かが意思を持ってアタシを呼び出していることになる。わざわざ魔法を使ってまで。
「よし決めた。明日の夕方までに戻ってこられなきゃ、呼び出したヤツをブッコロス」
明日の夜には待ちに待ったドールちゃんのお迎えがあるのだ。これで死ぬのならともかく、生き続けるのならば絶対に逃せないイベントだ。
段々と光が強くなる。『ドールをお迎えするんだから』とやめたタバコが無性に吸いたい。
「これも持っていこっかな」
お気に入りのサングラスをかける。パジャマには合わないが、恐らく着替えている暇はないだろう。
「全裸で呼び出されるとか最悪だしね」
部屋全体が光に包まれた時、彼女が最後に思い浮かべたのは「あっ……新元号、知りたかったな」であった。
【ショウルーム取材協力 人形のあでやか】




