第33話 看板娘は無双する
駆け出したはいいものの、リンナは黒い森を知らない。
[確か……街の方に行きながら、左の方を向くとあるとか言ってたような……]
あった。村からはそれなりに離れたところにある、文字通りの黒い森。この中にあの子達がいる? わからないが、とにかく入ってみればわかるだろう。
[2人とも、無事でいてねっ!!]
駆け足もそのままに森へと突っ込む。早速何かが襲ってきた気がするが、片手で吹っ飛ばす。それが何かはわからないが、子どもたち以外はどうでもいい。
捜索の基本は情報と足だ。ベルメタルフラワーという情報はあるものの、黒い森内での具体的な群生地を知らないリンナは、森の中をひたすら駆け回り、襲いくる魔物を蹴散らしつつ、叫ぶ。
[ウィーンーーーッ! ウォートォーーーッ!]
返事は聞こえない。この辺りにはいなさそうだ。さっきまでよりも、明らかに襲いかかってくる魔物は減っているのだが、その数が多かろうと少なかろうとリンナには関係がない。とにかく、邪魔するものは片端から潰す。そうでないものは、放置する。
[ウィーンーーーッ! ウォートォーーーッ!]
「リンナーーーッ!!」
「ここだよーーーっ!!」
聞こえたっ!
立ち止まったリンナに、隙ありと見たか一斉に襲いかかる魔物達。
[邪魔っ!]
殴り、払い、蹴り飛ばす。まるで美しい舞を踊るように、無駄のない流れるような動きのリンナ。彼女自身は、どこでそのような戦闘術を身につけたのか覚えていないのだが、とにかく体が動きを覚えている。爽快感はない。目的を果たす上での障害物を、事務的に処理しているに過ぎないのだ。
まとわりついてきた魔物を一掃したリンナに近付く、小さな影が2つ。ほんの一瞬だけ警戒するものの、すぐに力を抜く。
[ウィン、ウォート。大丈夫だった〜?]
「リ、リンナ……!」
「こ、怖くなんてなかったんだからなっ!?」
[……知ってるよ。2人は強いもん]
微笑むリンナに、更に強がってみせる2人。聞けば、ベルメタルフラワーを求めて森に入り、苦労して群生地を見つけたものの『森の主』らしい魔物と遭遇したため慌てて逃げ出し、この近くに生えていた大木の洞にずっと潜んでいたという。
「リンナ、めちゃくちゃ強かったんだな……」
[そうだよ? もぅ〜、あたしと一緒に来ればよかったのにぃ〜]
「それは……なぁ?」
何やら気まずそうな2人。まぁ、村に戻れば大人達から散々お説教を食らうのだから、ここではこれ以上追求しないでおこう。
[じゃあ帰ろっか♪]
まるでピクニックにでも来たかのように軽く言うリンナに、2人はひきつり笑いをしつつも「ちょっとだけ寄り道したい」と言う。まぁ魔物が襲ってきてもなんとかなるし、ちょっとだけなら大丈夫だろうとリンナは了承し、2人に着いていく。
[うわぁ……っ!]
「なっ? 綺麗だろ? ここ、リンナに見せたくてさ」
「必死で逃げてる途中に見つけたんだけど、一瞬だけ見惚れちゃったんだ〜」
そこには、昼でも薄暗い森の中というのが信じられないような、日差しを受けて輝く美しい湖があった。まるで計算して作ったかのように、円形の水面を取り囲むがごとく木々は距離をとっていて、湖の周囲を散策できるようになっている。
「ってうわっ! リンナ大丈夫かっ!?」
「これは……返り血?」
[あ、ごめ〜ん! 2人が汚れちゃうね?]
日差しの下のリンナは全身真っ赤に染まっていた。……自分達と合流するまでに何体の魔物を殺したのだろうか。その上でなぜそんな涼しい顔をしていられるのか。2人はこの時初めて『めちゃくちゃ強い』リンナに恐怖を覚え、すぐにそんな自分を恥じた。
「こ、ここで水浴びしてけよっ!」
[う〜ん……血塗れで村に戻るのはよくないけど、ここは汚したくないな〜。それに帰りも汚れるし、ね?]
……すぐに言葉の意味を理解した2人は、苦笑いするしかなかった。
しかし。
『得体の知れない強者』の噂が広がったのか、帰り道では魔物に襲われることはなく、森の主に遭遇することもなかった。
そして無事に村へと帰った子ども達は、大人達にこってりと絞りあげられ、1週間の外出禁止を言い渡された。
リンナはといえば、子どもの親達からは「ウチのコの命の恩人だ!」と感謝され、常連客達からは「流石、俺達のリンナちゃん!」と胴上げされた。
───異変の始まりは夕暮れ時だった。
いつも以上に大量の客でにぎわう店内に駆け込んできた顔面蒼白の男は、しかし静かにこう言った。
「大変だ。村に魔物の大群が押し寄せてきている。中には森の主もいる。俺達は終わりだ」




