第34話 看板娘は善戦する
【森の主】
黒い森から出てくることはないが、森に立ち入ったものには容赦しない。とはいえ、基本的には寝ているので、若者の度胸試しに利用されていた。そのためか一時期、被害者が続出したので討伐隊が結成されたものの、全員返り討ちに遭う。王宮に軍隊の出動を要請するも『そいつは森から出てこないんだろ? なら森に入るな』の一言で一蹴された。
リンナ達が店の外に出ると、魔物の大群は視認できる距離にまで迫ってきていた。
「あ、あいつだ! あいつが森の魔物を殺しまくったから、復讐のために森から出てきたんだ!」
名も知らぬ村人に指を差され、リンナは思う。
なるほど。全ての魔物からどこか必死さを感じる。それは森の主も例外ではなく。同時に、村人達から自分に対する視線にも。
「鉱山で働いてる連中は見慣れた面子で3、4人のチームを組め! チーム単位で魔物を1体ずつ殺すんだ! その他の大人はアタシの所に来い! 後方支援の役割分担をする! 老人と子どもは家に入って鍵をかけろ!」
アネゴの怒声ともいえるような指示が飛ぶ。
「リンナ! アンタは森の主を相手に時間稼ぎしてくれ! 他の魔物を蹴散らし次第、応援を寄越す! 死ぬんじゃないよ!」
非情とも思えるアネゴの指示はしかし、魔物だけでなく村人達の憎悪からリンナを守るためでもある。
すぐに訪れる魔物の大群。申し訳程度に付いている村の柵の外で、武器や農具を持った屈強な男達とぶつかり合う。
「ここから先へは入らせんぞォッ!!」
「森の魔物がなんぼのもんじゃーい! こっちにゃ女神が2人も付いてんだよっ!!」
「リンナちゃんにばっかりいいトコ持ってかれてたまるかってんだっ!!」
乏しい灯りに照らされつつ、混戦が始まった村の入り口から、矢のように飛び出す人影ひとつ。リンナだ。目的は森の主のみ。
[邪魔っ!]
進路を塞ぐ魔物を蹴散らしつつ、四つ足で正面から駆け寄ってくる森の主の鼻に拳を一発。カウンターで派手に吹っ飛ばす。
「い、一撃かよっ!?」
本来ならよそ見をしている暇などないはずだが、戦う村人達のほとんどがその激突を注視していた。
「いや、まだだ。その程度でやられるようじゃ『森の主』とは呼ばれねぇっ!!」
「てめえはどっちの味方だよっ!?」
「うるせーっ! こっちに集中しやがれっ!!」
ゆっくりと立ち上がる森の主。夕闇の中ではあるが、その名の通り体表は漆黒の毛皮で覆われているのが見て取れる。その巨体は成人男性の倍以上はあり、殺気で満ち満ちている。
[お前に、誰も殺させない]
それが自分の役割。ここで食い止めること。リンナは、両手を挙げ威嚇する森の主に駆け寄り、腹に連撃を食らわせる。森の主はひるむが、右前足の鋭い爪をリンナ目掛けて振りおろす。
[くっ……!!]
左腕を使って前腕を受け止める。重い。ボディに爪の直撃を受けていれば、いかなリンナと言えども一撃でやられていただろう。森の主は必殺の一撃を止められ驚いたようだが、なりふり構わぬように左前足をぶつけてくる。
[させるかっ!]
突き出したリンナの右腕、その拳が森の主の左手のひらの骨を砕く。相手がひるんだ隙にリンナはバックステップ、一旦距離を取る。
[今度こそ、仕留める!]
自分の拳で相手の骨を砕けると理解したリンナは、必殺の一撃のために屈伸体勢を取る。左手を砕かれた森の主は、半狂乱で右腕を振りかざしつつ、距離を詰めてくる。
[これでっ!!]
リンナは一気に脚を伸ばし、ジャンプ。相手の懐に入り、右手を突き出して鼻を狙う。
『グギャガガガガァッ!?』凄まじい絶叫が響き渡った後、大きな地響き。リンナの拳が森の主の顔面に突き刺さったのだ。
「「「リンナちゃんっ!?」」」
しばし、敵も味方も戦闘を忘れて巨影に目を向ける。仰向けに倒れた屍体の上には、必死で腕を抜こうともがく小さな影がひとつ。
「……やっちまいやがった」
誰かの呟きは、しかし全員の総意であった。それぞれの思う所は違うとしても。
[やっほ〜! こっちは大丈夫だよ〜! 腕が抜けたら応援に行くね〜!]
その一言をキッカケに、再び混戦は開始された。しかし村人達の目には先程よりも輝きが宿っている。そしてなぜか魔物達の目にも、先程まで以上の必死さが宿っていた。
[……ん?]
ようやく右腕が引き抜けた時、村の『外』から歩いてくる人影に気付いた。方角は魔物達同様、黒い森の方からだ。
「おいおいてめぇら、俺の獲物を横取りしやがって……てめえらが代わりをつとめてくれるってのか?」
男は巨影を一瞥すると、混戦が続く村の入り口近くまで、ゆっくりと歩き続けながらそう言った。
「そ、それはそいつが1人でやったんだ! 村に魔物を呼び込んだのもそいつだ! そこにいるゴーレム女だ!」
男に睨まれ、リンナを快く思っていない村人がリンナを指差しそう答えると、男はニヤリと笑みを浮かべた。
「単騎であのクマを殺せるゴーレム女だと……!? どうせガセネタだと思いつつ、退屈しのぎにここまで来てみたが、どうやら当たりだったらしいな」
森の主から降りたリンナを見ると、男は嬉しそうに叫ぶ。
「やっと逢えたぜ……俺と戦え! 機械仕掛けの魔女ッ!!」
───わずかに届いたたいまつの明かりで照らされた男の姿は、魔物の返り血で真っ赤に染まっていた。




