第31話 看板娘は水を飲む
───現在。
あの日、あの話をしたあと、俺は死のうと思ってたさ。
それをアネゴに見抜かれて「今あんたが死んだら、生まれてくる赤ん坊の人生にケチがついちまうだろ。……そうだね、今から1年。1年だけでいい。絶対に死ぬな」って言われてね。あの時は「このクソババァ、鬼か!? それは残酷すぎるだろ!?」て思ったが、まぁ、確かに一理あるからな。生まれてくる赤ん坊には関係のない話だし、赤ん坊ってのは祝福されるべき存在で、呪われて生まれてくるなんて、な?
まぁ、そういうワケでなんとか生き続けて……誰も覚えちゃいないだろうが、あの日から数えて、今日でちょうど1年なんだ。そして今日まで俺が腐らずにいられたのは、リンナちゃんがいたからなんだ。人間に絶望していた俺を救ってくれたのは、ゴーレムのリンナちゃんなんだよ。君がゴーレムで良かった。……君を好きになって、本当に良かった。
途中、アネゴから頭頂部に拳骨を食らいつつも、タカは最後まで話し続けた。
居合わせた常連客達も、余計な口を挟まずにリンナの返事を待つ。
リンナは思う。『君がゴーレムで良かった』だなんて、きっと初めて言われた。記憶がなくてもそう思う。
[……あたしで、いいんですか?]
思わずそう呟いてしまう。その返答を了承と捉えた常連客達は目に涙を溢れさせて崩れ落ち、タカは目を輝かせて身を乗り出す。
「じゃ、じゃあっ!!」
リンナは思う。以前も聞いたタカの身の上話と、今に繋がる自分との関係。きっと、この人となら幸せになれそうな気がする。それでも。
───リンナ。本気の思いには、本気で返せ。
誰かの言葉が頭に浮かぶ。だから、この話は受けられない。リンナはそっと口を開く。
[でも。はっきりとは思い出せないんですが、あたしにはやらなきゃいけないことがあった気がして]
その切り出し方で、タカも察するが、静かに続きを待つ。
[この1年、みなさんの優しさに甘えて過ごして、ずっとこのまま、ここでこうして暮らしていくのもいいなって思ってたんですが。タカさんの話を聞いて、やっぱりあたしも決着つけなきゃいけないなって]
「それは……男?」
[覚えてませんけど、きっと]
「そっか……。リンナちゃん。最後のお願いだ」
[なんですか?]
「もう一度、腕相撲してくれないか? それでもし万が一、俺が勝てたらずっとこの村で暮らして欲しい。いいかな?」
[……いいですよ]
「リンナちゃん。一杯だけ付き合ってくれないかな?」
[……いいですよ。ご注文は、何になさいますか?]
「お水2杯。サイッコーに冷えてて、目が覚めそうなヤツで頼む」
タカは『グビグビッ』と水を飲み干すと「冷てぇ〜〜〜っ! これぞ『生きてる』って感じだなっ!!」晴れ晴れとした顔でそう言い、ぶっ倒れた。
一口、一口だけ。
リンナは初めて水を飲んだ。
口の中に冷たい液体が流れ込み、喉の奥が濡れていくのがわかる。
だが、そこまでだった。
防水加工を施されている発声ユニットは、人間であれば『下咽頭』なる気管・食道付近を塞ぐように取り付けられていて。そこから先は『ない』のだ。
タカはすぐに治療のため、アネゴ達に連れて行かれた。他の常連客達も医者やヒーラーの手配、壊れたテーブルの片付けなどで駆け回っている。ただ1人、椅子に座ったままのリンナはぼんやりと思っていた。
───ああ、やっぱりあたしは、人間じゃないんだなぁ……。




