第30話 常連客も振り返る
───物心ついた頃には、一緒に遊ぶのが当たり前になっていた。
あいつは黒髪だったが、そんなこと俺たちには関係なかった。愛だの恋だの、そんなこと考えたこともなかったけど、きっといつまでも、大人になっても一緒にいるものだと、そう思っていた。
村の人達はあいつに冷たかったわけじゃない。だからこそ、好奇心から2人で街に行ったときに思い知らされた。誘ったのは俺だ。今思えば、あれが初めてのデートだったな。9年前、俺たちは15歳だった。
街では人とすれ違う度、チラチラと振り返られた。
「なんだよ。村から来た子どもが2人で歩いてるのがそんなにめずらしーのかよ?」
「……きっと、私の髪色が珍しいんだよ」
「ああ、お前の髪は綺麗な真っ黒だもんな。みんなシットしてんのか!」
「そうじゃないけど……ありがと」
その男と会ったのは、土産も買ってもう帰ろうとしていた夕方のことだった。
今でもハッキリ覚えてる。西日をバックに現れた、酔っ払ったあの男の一言一句、一挙手一投足を。
「にいちゃん、若いのに奴隷つれてんのか? 見たトコそんなにいい身なりしてねえが、アッチが強すぎて奴隷でも買わなきゃ処理しきれねえのか? ゲヒャハハハハハッ! ……2人ともそんな格好してるってことは、あんまり金もってないんだろ? どうだ? その奴隷、俺に売らないか? 相場よりは高く買うぜ?」
……村育ちの俺はあまりにも世間知らずだった。あいつは薄々勘づいていたのだろう。渋るあいつを街に連れ出したのは俺なのだから。
世界的に見ても非常に珍しい、生まれつきの黒髪は若いうちに神隠しに遭いやすく、大人になった者も『黒髪は全ての面において常人に劣り、無能である』とされ、悪しき慣習のままに奴隷としての働き口しかない。それが世間の認識だったのだ。同じ黒髪でも、異界から来るという予言の勇者様とはえらい違いだ。
あとで知ることになるが、何十年も前に奴隷制度は完全撤廃されたものの、従者の名目で法律の裏をかく連中は多かったのだ。地下に潜った奴隷商もまた然り。奴隷の代替品としてのゴーレムは不完全で、食事も睡眠も不要だが、1日1回程度のペースで魔力を流してやらないとすぐに動かなくなる。仕様上、基本的に持ち主自身がだ。何体も高価なゴーレムを揃えて、毎日自分で魔力を流すよりも、奴隷……従者を雇った方が楽だったのだ。この事実は王宮も黙認しているようだ。
ふと気付くと、俺は男を殴り続けていた。『言葉の意味はわからないが、こいつを侮辱された』それが動機であることを自分の胸に確認すると『なら、よし』とそのまま、衛兵に止められるまで男を殴り続けた。ふと思い出してあいつの方を見ると、静かに泣いていた。
俺は収監された。あいつは事情聴取を受けたあと、村に返されたらしい。
服役中、一度だけあいつが面会に来てくれた。
「久しぶりだね」
「街に連れ出して、悪かった……」
「ううん。あなたは悪くない」
「じゃあ誰が悪いんだ? あの男が悪いのは確かだが、街に行こうって言い出したのは俺だぞ? だからこれは俺のせいだ!」
「違うよ。これは私のせいなんだよ」
「なんでお前のせいなんだよ!? お前は俺に巻き込まれただけだろっ!?」
「私は、黒髪だから」
そんなことが理由になるかと叫んだが「タカ、巻き込んでごめんね」の言葉を最後にあいつは去っていった。それからあいつとは会っていない。
16歳になって村に戻った俺を待っていたのは、信じられない話の連続だった。
まず、あいつはもう村にいなかった。王宮に連れて行かれたと言う。なんでもあいつは、あの一件で事情聴取という名の取調べを受けた際、秘められた『常人を遥かにしのぐ魔力量』が判明したらしい。そして最後の時を生まれ育った村で過ごしたあいつは、俺と面会した日、そのまま王都に連行されたそうだ。もう二度と村には戻れない。
だというのに、その話をする俺の両親は満面の笑みだ。なんでも大金を渡され、村ぐるみで口封じをされているという。俺が殴った男への治療費と慰謝料も王宮が支払ったそうだ。「あんたもあの娘に感謝するんだね! 本当なら数年間は服役しなきゃならないところを、たった数ヶ月で出てこられたんだから!」……どうやら俺は、とっくの昔に帰るべき場所を失っていたようだ。
生きる意味も居場所も失い、死ぬまで適当にさまようかと思っていた俺は、村を出る前にふと思いつく。「あいつに、手紙を出してみるか……」どうせ死ぬにしても、思いの丈を綴った手紙を送って、どんな内容であれその返事を読んでからでも遅くはないだろう。かつて両親だった村人から『何かあればここに連絡するようにと言われた』という住所を聞き出すとメモし、今度こそ村を出た。王都に行ったところで門前払いだろう。世間的には、あいつは神隠しにあったことになっているのだから。
それからの俺は、いくつかの街や村を転々としつつ、あいつに手紙を書き続けた。返事は来ない。だからまだ死ねない。……そして、流れ流れてこの村に辿り着いたってワケだ。
「……聞いた限りじゃ、フラれたのは昨日今日じゃないよね? 9年も前の話じゃないのかい?」
話は終わったと踏んだアネゴが口を挟む。
「いえ、今日……ようやく届いたんですよ、手紙の返事が」
どよめく周囲。みんなが鎮まるのを待って、タカは続きを口にする。
「……あいつ、結婚するそうです。馬鹿ですよね、手紙の最後に『今までありがとう。あなたを愛している。さようなら』なんて書くなっつーの。なんで文字がにじんでるんだよ」
一瞬の静寂の後、周囲からは怒号とも罵声とも受け取れる声がかけられる。
「タカてめぇっ! タマァついてんのかっ! やけ酒食らってる場合かよっ!!」
「奪え奪え奪え奪え奪えっ!!」
「行くぞてめぇら! 全員で王都に殴り込みだぁっ!!」
「「「おおぉーーーーーっ!!!」」」
しかしタカは静かに微笑み、こう言った。
「……無理だ。あいつ、妊娠してるってさ」
再度、静寂が訪れる。
───その静寂を破れる者は、いなかった。




