第28話 看板娘は料理する
「リンナ、アンタがここに来てからもう1年経つだろ? そろそろ調理場の仕事も覚えてみるかい?」
突然の提案にリンナはしばらくフリーズした後、『ガッ』とアネゴの両肩を掴んで確認する。
[い、いいいい、いいんですかっ! いいんですねっ!? 実は前からずっと興味があったんです!!]
予想外の反応に流石のアネゴも思わずのけぞる。
「あ、ああ……構わない。むしろこっちから頼んでるんだから、いいも悪いもないよ」
リンナの瞳は新しい玩具を手に入れた子どものようにキラキラと輝いている。それを見て少しばかり胸が痛むが、背に腹は変えられない。
[今からですか? 今からですよねっ!? メ、メニューは何からですかっ!?]
「まずはね……調理場の掃除から覚えてもらう」
[……え゛?]
「おや? 不服かい? 嫌なら別に[ややや、やりますやりますやらせてくださいっ!!]
ということで、リンナは基本中の基本である『衛生』から教わることとなった。
もちろん、この店で働く上で『ここはね。お客の口に入れるものを扱う店なんだ。決してその意味を忘れるんじゃないよ』と重々教わってはきたが。今回、初めて入れてもらえる聖域の掃除方法をひとつひとつ確認する。
ちなみに眼鏡は外させられた。『それがアンタにとって、とても大切なものなのは、よ〜っくわかってる。その上で外せと言ってるんだ。調理場の中ではね。だってアンタ、眼鏡いらないだろ? ゴーレムなんだし』ぐうの音も出なかった。
その後、リンナは数日かけて『基本』を教わる。掃除、食器洗い、道具類の片付けなど。アネゴいわく『これでも相当、甘くしてるんだけどね』らしいが。
そして改めて思う。[アネゴってすごい!]普段から料理をこなしつつ接客もし、注文がない時は暇そうにしているように見えたが、実は調理場の仕事を全て自分1人で請け負っていたとは! それでいて、いつも余裕のある態度を崩さない。この人は一体何者なのだろうか?
当初は自分のために料理を覚えたがったリンナだが、アネゴのすごさと大変さを知るにつれ、アネゴの負担を少しでも減らすために早く料理が作れるようになりたいと思うようになっていた。
そして。
幾度となく、見学という名の生殺しタイムを味わわされたリンナも、遂に料理を作らせてもらえる時がきたのだっ!!
[できま……した……?]
「……う、うーん?」
それは歪なオムライスだった。焼き加減は悪くないのだが、明らかに形が……。
「ま、まあ……形はともかく、火加減や分量はバッチリだからね。これならお客に出しても問題ないだろう」
[お客さんに出すんですかっ!?]
「あれ? 言ってなかったかい? 店内じゃ【リンナの初めて争奪戦】が行われてるんだよ?」
[みんなナニやってんですかーーー!?]
「……さっ。冷めないうちに、勝者に手料理を振る舞ってやんな。ケチャップも忘れずに持っていくんだよ?」
[……ヒィッ!?]
調理場から一歩、店内に足を踏み出したリンナは小さく悲鳴をあげた。
そこかしこに屍が転がっていたのだ。
立っている人間は1人だけ。
残っているテーブルも一卓のみ。
[お、おまちどおさまデス……]
「あ゛、あ゛、あ゛ぁ……」
[さ、冷めない内にお召し上がりください……]
リンナは、椅子に座った勝者にそっとオムライスを差し出すのだった……。
調理場。
外の惨状にはあえて目を向けず、アネゴは口の中で何かを呟いていた。
「アタシは経営者なんだアタシは経営者なんだアタシは経営者なんだ……」
ある日、思いついてしまったのだ。
危機的状況にある自分の財布と、そこに直結する店の売り上げを伸ばすための秘策として、新メニュー『リンナの手料理』でぼったく……既存の料理に付加価値をつけて、より高い値段で売り出すことを。
それがまさか、こんなことになるなんて……。
「アタシは経営者なんだアタシは経営者なんだアタシは経営者なんだ……」
───結局。常連客達が破壊しまくった店内備品の購入、修理に金がかかりすぎ『こんなの割りに合わない』ということで、新メニューは1皿のみで販売終了したという。




