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第7章 ライブラ王国と天秤の上の少年少女 24話

――不死身は嫌いだ。常に別れる側だから。

 シャマシュ様、お救いありがとうございました。

 そういってほほ笑んでくれた信者はそのまま老いて死んでいった。死を看取ったけれど、彼は優しい顔をしていた。けれど、僕は微笑みの中に寂しさがあった。

 天使に死の概念はない。神子とこのライブラ王国を支えるための機能である。

 だから死の恐怖もない。そんなものだからこそ、他人事だからこそ、僕ら天使は短い生の人間を救うことが出来るのかもしれない。

――シャマシュ! シャマシュのご飯は美味しいね。

 小さい無邪気なリブラが口にスープをつけながら笑っている。その光景がとても可愛らしい。人間の子どもが大好きだ。無邪気で、これからあらゆるものを吸収して成長していく存在。見ているだけで心が癒される。

――シャマシュ? 何か手伝えることあります?

 厨房での料理は趣味だと言うのにリブラが手伝いにきた。もう既に僕と同じほどの背丈で大きく育っている。ご飯を食べるのはリブラだけである。僕がこれを作っているのは趣味のようなものだ。

 人間の成長は早い。横に立って手伝ってくれているリブラを見て、僕は寂しかった。

 彼女もまた、他の人間のように老いていく。そうなったら僕はついに心を壊すのではないかと思った。テミスはリブラが神になることを祈っていた。神に上がればこの国は安泰だ。けれど、マアトは少し戸惑っているようで、リブラが神へと近づけば近づくほど、彼女はリブラと距離を取っていった。

「テミスは厳しいわ。神子として、巫女として心身共に強くあれって」

「ハハハ、そうだねぇ。テミスは真面目だからね」

「シャマシュは私がこういうこと言っていても怒らないのね」

「僕は救いの天使なのでね。人間には優しいのさ」

「私が神になっても優しくしてくれるの?」

「そりゃもちろんさ。ただ、神になった君は偉大だ。僕らとは住む世界が違う」

 シャマシュがこの土地に来る前に神にあったことがない。つまり、神は天使と共にある存在ではない。なんとなくそれをわかっていたから、バランスは先代神子であるアストラ様と共に天界に上がらなかったのではないだろうかとシャマシュは考えた。

「最近、マアトも遊んでくださらなくなったし、バランスはいつも自分の神殿に籠ってばかり、私と気兼ねなく話してくれるのは貴方だけですわ」

「そうだねぇ。はい、これ切っておいてくれる?」

「はい」

 この時間をシャマシュはとても愛していた。彼女が神になるのはいつになるだろう。そうなればまたお別れである。自分がいつも別れを告げる側なのは辛いことだった。

 出来た料理をリブラに渡す。

「美味しそう」

「そろそろ、リブラも自分でご飯作れるようになるかもね」

「はい! そしたらもうシャマシュにご迷惑をかけません」

「迷惑……か」

 そんな感情は1つもなかった。けれど、やはりリブラにとって、自分しか食べない食事を他の者が作っていることに罪悪感のようなものがあったのかもしれない。

 シャマシュは考えてしまった。彼女が自分で料理を作れるようになってしまえば、自分が彼女に何かしてあげることはなくなる。そして彼女はさらに成長する。そうして大人になって、神にならずに人間としての道を選んだら、彼女は老いて死んでいく。

 自分たちを置いて――。それは神になる道を選んでもそうであった。

 慣れたつもりでいたが、四六時中一緒にいるリブラの成長はシャマシュにとって喜ばしいと同時に寂しくて辛かった。天使たちはリブラとの別れを惜しんでしまったのである。

 どうしてこの身体は不死身なのだろうか。多くの人間の死を看取らなければならないのか。シャマシュは祈りを捧げる信者たちを見ながら思う。彼らが不幸でも、幸福でも、自分たちよりも先に死んでしまう。短い生ならば、その生を楽しいことのために使ってもらおうとシャマシュは尽力したが、その虚しさに侵食されていた。

「天使様」

 そんな時であった。信者に幼い少年がいた。彼は礼拝の時間とは違う時間にやってきた。本堂で上の空であったシャマシュに話しかけた。

「どうしたんだい?」

「いえ、天使様が何やら浮かない顔をしていたので、ケホッ! ケホッ!」

 少年は苦しそうに胸を抑えて咳込んだ。

「身体が弱いのかい?」

 少年はコクリと頷いた。シャマシュはそこから彼を見つめていたが、彼はシャマシュが自分の質問に答えるのを待っているのか、じっと彼を見つめながら首を傾げていた。

「そうだね。天使と言えども憂鬱になることがあるよ」

「天使様は何をそんなに悩んでいるのですか?」

「僕らは無限の生がある。だからこそ、君たち人間との別れを何度も経験する。君たちと寄り添いたいのに、食事をしない。死なない。眠らない。君たちと共にあることが出来ないんだ。僕も君たちと同じように生を謳歌して、最後を迎えてみたいんだ」

「だったら――」

 少年はその後口走った言葉にシャマシュは驚いた。それは正義の本質ともとれる自己犠牲をもっとも体現した言葉であった。シャマシュはそれを断ろうとも思ったが、少年はこう言葉を続けたのです。

――僕をお救いしてください。天使様。

 シャマシュは彼の救いに答えた。自身の意識を人間に捧げる。人間は身体を捧げた。初めての挑戦だが、うまいこといった。

 こうしてシャマシュは人間になった。

 翌日の食事処で、ご飯は二人分。

 その様子にリブラは驚いていた。

「リブラ、さあ一緒に朝食を食べようか」

 こうして二人の食事をする日々は続いた。シャマシュはリブラとの日々を噛みしめるようにした。



 『神の箱庭』にて、ヤマトとシャマシュは並んで立っていた。

「儀式の最終関門として、札を持つ神子に代表者が接触しなければならない。天使たちはそれを妨害する。というルールであったな」

「あぁ、どんな困難があっても、星巡りの使者は、正義を全うするために前に進まなければならないからね」

「だとすれば、シャマシュ殿。貴方もコブラの邪魔をすると言うことでよろしいのですか?」

 ヤマトはシャマシュを睨みながらゆっくりと刀を抜く。シャマシュは挑発した笑みを浮かべヤマトの方を見る。ヤマトはシャマシュに攻撃を仕掛けるもそれを難なく躱す。

「世話になったことは感謝しますが、コブラのため、そして星巡りのため、私は貴方をここから動かせるわけには行きません」

「だろうね。ヤマト、君はそういう真面目な子だ」

 そういうとシャマシュは両手を天に向けて添える。すると、二本の短刀が現れてそれを握る。

「僕としても正直、君たちが星巡りを達成しようがしまいが関係はない。リブラ様が神に上がる覚悟をしたならばそれも受け入れよう。寂しいけどね」

 二本の短刀を軽やかに弄ぶシャマシュの行動には隙がなく、ヤマトの方から攻撃を仕掛けることは困難であった。

「寂しい? どういうことですか?」

「リブラ様が神になれば、きっと我々は離れ離れだ。僕としては彼女とずっと共に痛かったよ。それこそ、彼女と同時に命を絶ちたいと思えたほどに」

「ならば、神になるのをお止めになられたら良いのでは?」

「そうは問屋が卸さない。僕らは神を生むための存在だからね。それに神になると決めたのはリブラ様の意思だ」

 シャマシュは短刀の片方をスッと投げた。ヤマトは慌ててそれを刀で受け止めて弾いた。短刀はそのまま落下せずに宙に浮いたままシャマシュの手元に戻る。

「けれど、僕としてはコブラを応援している。僕の神殿でコブラが見せてくれた答えは興味深かった。そして人間になったことで、僕は、リブラ様の感情が少しわかる気がする」

 そう言いながらも短刀を放つシャマシュ。ヤマトは話に耳を傾けながらも刀でそれをいなす。

「だから、僕本人はコブラの邪魔はしないことにしたよ。けれどヤマト、君はもっと強くないとね。ここでたらたら話しているだけもダメだからね。ほら、しっかりと受け止めなよ」

 シャマシュがそういって攻撃を仕掛ける。ヤマトは歯を食いしばりながら短刀の軌道を呼んで刀で受け止めていく。

「君はあのヘラクロスの血を継いだ男だ。だとすれば君に待つのはさらなる修羅の道。君だって、もしかしたらコブラやリブラ様のようにあの目を宿すかもしれない」

「わ、私がですか!?」

「あぁ、ヘラクロスは神子だった。その血を受け継ぐ君にも可能性はある。リブラ様、そしてコブラが向かう先は辛い道だ。この先の星巡りで、それをコブラは痛感する。それに寄り添えるのは、自身も神子の血が流れる君の役割だ。それを成すには強さがいる!」

 シャマシュはさらに短刀を増やす。三本の短刀が縦横無尽に舞う。ヤマトは必死に全ての軌道を読み、いなしていく。しかし、一本躱しきれずに突き刺さる。

 背中に刺さった痛みでヤマトは苦痛で顔を歪める。その隙にさらに二本目、三本目も背中に刺さる。

「はぁ……はぁ……」

 刺された痛みで息が荒くなる。刺さった刀が抜けて回転して血を振り飛ばして、シャマシュの手に戻る。

「わ、私は……」

「さぁ! 君の答えを見せてくれ!」

 シャマシュは意気揚々と刀を放り投げた。ヤマトはこの状況をどう打破しようか必死に頭を巡らせた。悩むと思っていたが、ヤマトは自分でも不思議なほど、一つの答えしか出なかった。

 ヤマトは一度刀を収めて、ぐっと腰を下ろして身体を低くして、顔も下に向ける。

 ヤマトの威圧感が上がったのを見て、シャマシュはそっと短刀を四つに増やした。

 ヤマトは慌てず丁寧に呼吸をした後、ぐっと刀を握る。

「凪げ。クサナギ!」

 この刀そのものはクサナギと形が同じなだけの刀である。しかし、ヤマトが放った一振りは宙からこちらに飛んできたいた四本の刀の動きをぴたりと止めて、それがぼとんと地面に落下した。

 シャマシュはそれをコントロールしようとしたが、なぜか短刀は言うことを聞いてくれなかった。その様子に思わず微笑んでしまった。

「なるほど、クサナギの剣は星術を断つのか。そして刀そのものに力があるのではなく、構えがその機能を放つ」

 ヤマトが行った行動に興味深そうに話しているシャマシュを見つめながらヤマトは心を落ち着かせるために深呼吸をしている。

 ゆっくりと刀を鞘に収める。

「上手くいくと思いませんでした」

「理屈を知らなかったのかい?」

「えぇ、身体が咄嗟に動きました」

「ならば上々」

 シャマシュは人間の成長に喜びを感じた。

「シャマシュ殿。私はコブラが神になることはないと断言できます。そして私は星巡りの監視者であり、コブラの仲間です。例え私にヘラクロスの血がなくても、彼が孤独になることはありません。役割ではなく、我々の意思でコブラと共にあろうとしている。シャマシュ殿、我々全員、何があろうとコブラと共にいる覚悟は既に決まっております」

 ヤマトの真剣な表情をしてシャマシュは嬉しく微笑んだ。それと同時に自分たちの道を間違えたことを悟る。

「僕らには、その覚悟を背負えなかったんだね。役割に縛られていたのかもしれない」

「シャマシュ殿は、なぜ人間と同化したのですか?」

「そうだね。この身体の少年を救いたかったのもあるけれど、一番は――」

 シャマシュは思い出す。自分が看取ってきた人生を全うした人間たちの微笑みの美しさを――。

「僕の死ぬ姿をリブラや、マアトたちに見てほしかったのかもしれない。誰かと寄り添って生きてみたかったんだ。人生を全うする。それが美しいと思ったんだ」

「そうですか。ならば、リブラの姿も見たいのではないですか?」

「そうだね。リブラは美人になるよ」

「コブラはどのような答えを出すのでしょうか」

「君にもわからないのかい?」

 シャマシュはヤマトの横に立ち、彼の顔を覗き込んだ。

「そうですねぇ」

 ヤマトは顎に手を当てて考え込む。すると一つの答えが出て思わず失笑してしまう。

「おっ、答えが見えたようだね」

 ヤマトの脳裏に過ぎったのは、二人で臭い芝居をして、キヨを仲間にしたあの大きな滝の光景であった。

「えぇ、あいつは盗人ですからね。きっと、運命とか役割とか、そんなものもひょいっと盗んでしまうでしょう」

 その答えにシャマシュもクスリと笑ってしまう。

「そう。それは楽しみだ。それとは別に――」

 シャマシュはすっと足払いをしてヤマトに尻もちをつかせた。

「せっかくだし、そのコブラが盗み終えるまで、みっちり鍛えてあげよう」

「天使様からの稽古とは……。心強い」

 倒れたヤマトは微笑みながらシャマシュの手を取った。


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