第7章 ライブラ王国と天秤の上の少年少女 25話
『神の箱庭』内の神殿最奥部。
リブラは両手で祈りを捧げて膝を付く。そしてゆっくりと深呼吸をしている。
「ねぇ、本当にそれはしないといけないことなの?」
後ろでふてくされた表情でリコリスが溜息を吐いている。
リブラは溜息を吐きながら立ち上がり、リコリスを睨む。
「お姉さんこわーい」
「だまらっしゃい。貴方がなぜここにいるのかしら?」
「転送される直前あなたの足にしがみついたから」
リコリスはニタリと笑ってみせた。その様子にリブラは少し苛立ちを見せる。
「えぇ、それは存じております。ならばなぜ去らないのです」
「それは、話が終わっていないから」
リコリスは穏やかな表情で立ち上がって、リブラの方へ近づく。その間もリブラは彼女を睨みつける。
「リブラさん、神になるのをやめて」
「なぜですか? 貴方には関係ないでしょう?」
「貴方は、神に『なれる』から神になるだけでしょう?」
「それの何が行けないのですか?」
リコリスは杖を取り出して巨大な炎を空へ放つ。その威力にリブラも思わず見惚れてしまう。炎は物凄い勢いで噴出した後、そっと熱を帯びながら消えていく。
「私、ヴァル皇国でも結構な炎系術師の家系なの。その中でも最高傑作らしいよ。お父さん曰く、さらに私は皇帝に気に入られていた。きっと王直属の星術師として生きれたと思う」
「王を導き、民を導く、素晴らしいことではないですか」
リブラの言葉に対してリコリスはそっと首を横に振るう。続いてリコリスは星術で編み出した動物たちを自分とリブラを囲むように編み出して躍らせる。
「なんですか? これは?」
「私の極めようとした星術。どう? 可愛いでしょう?」
「可愛い……だけではないですか」
「うん。可愛いだけ。けれど、私はこれがしたかったの」
リコリスはなんとか自分の話を聞いてもらおうとリブラの目を見て、心を落ち着かせて声色を整える。大丈夫、彼女に伝えたいこと、しなければならないことは、転送される直前からずっと、ずっと考えてきた。言葉は出てくる。
「リブラさんは、したいことはないの? 出来ることじゃなくて、したいこと」
「そのようなもの、神子として育った私には不要なものです」
「違う。自分でしたいことを貫くのが怖いんだ」
リブラがリコリスをぎっと睨みつける。それでもリコリスは目線を外さない。リブラを恐れているのが、それを隠すように必死に下唇を噛みしめている。
「誰かに言われてやること、出来ることをやるのも大変だよ。けれど、捨てたくないものを持ったまま、出来ないかもしれないことを、ひたすら信じてやっていくのは、大変な上に、怖いの。それこそ、捨てちゃいたくなるように」
リコリスはリブラに訴えかけた。自分がそうだった。会えるかもわからない少女のために、苦手で、出来もしないことを、みんなに反対されたことを一生懸命続けることはとっても恐ろしかった。
そしてリコリスが追い求めた少女リリスは、出来もしないと思っていた再会を待ち望むことに恐怖し、最後には諦めてしまった。彼女はその恐怖を苦しいほどに知っている。
「ねぇ、リブラさん。星におわします神に誓える? 貴方がその身を捧げることは、そういった恐怖から逃げているだけじゃないって、捨てるほうが楽だと思った先の道じゃないって、お願い。私は星術師なの。星の知り、導く存在である私に証明してよ」
リコリスは震える足を必死に止めながら自身の杖をリブラに向ける。リブラは彼女の鬼気迫る言葉に生唾を飲んで固まっている。リブラの感情的な表情にリコリスは勝機を感じた。しかし、それでも気を持ち直したリブラは無感情な笑みを浮かべ、リコリスの杖をそっと撫でる。
「星術師リコリスよ。星を知るものであるならば、これも星が導いた道であるとご理解ください。私は、運命に従うのみでございます」
「わからずや!」
リコリスはついに冷静さを欠いた怒声を浴びせてしまった。リブラはそんなリコリスの横を通り過ぎて歩いていく。
「リコリス。お兄様と共に旅をする者よ。去りなさい。私が神になるために邪魔よ」
リコリスは怒りを露わにしながら振り返り、リブラの背に向けて怒鳴る。
「コブラのことも諦めるだけなんでしょう!? 本当は好きなのに! 今でも慕っているのに、自分が神にならずにコブラと共にいる未来を考えることもできないくらい、今この道、決められた、出来る道から逸れるのが怖いんでしょう!?」
リコリスの言葉を聞いても、リブラは振り返らない。リコリスにはリブラがどのような表情をしているのか見えない。
リコリスはキヨが現れた時の言葉を思い出す。リブラの心を揺さぶるために必要な何かをキヨはわかっていたはずなのだ。だからあの時、あの場に現れて彼女は叫んだ。
『妹の座を奪いにきた』
その言葉の意味を考える。それと同時にリコリスの脳裏には嫌な感情が膨らむ。
キヨは、とっても輝いていた。初めて会った時、リリスの理解者として私たちの所に現れた。この旅の中でも、キヨはコブラといつも楽しそうに話している。
「いくじなし」
リコリスは自然とリブラに言葉を放った。
コブラは、シャマシュの神殿でヤマトを救った後、キヨが心配だと言って、何も言わずに駆けていった。その時、リコリスは少し寂しかった。その寂しさを埋めるように、シャマシュにこの国の成り立ちや試練について聞き込んでいたといっても過言じゃない。
そんなコブラが今はこの少女、リブラのために駆けているのだ。そう思えば思うほど、だんだん腹立たしくなる。
リコリスの言葉を聞いても、まだリブラは振り返らない。
キヨの言葉について考える。それは、リブラがコブラの妹であるというこだわりを残しているからだ。そこさえも奪って、リブラをどうしたかったのだろうか。
「リブラ、コブラはもう『コブラ』よ。貴方の『お兄様』じゃない」
「そのようですね」
「貴方は妹じゃない。だから、やりたいことをやればいい」
「だから、私は神になるのです」
リブラが振り返る。その表情は苛立ちと、覚悟を孕んだ目でこちらを睨んでいる。しかし、その目線はリコリスの目を見ていない。その先を見ていた。
リコリスもその視線の先を見るために振り返る。
そこには祭壇から上空に繋がる透明な階段が現れていた。リコリスは初めてみるこの階段を知っていた。イメージ出来た。
「ヘラクロスが登った……階段?」
「えぇ、かのヘラクロスも神子として登ったとされるものです。私も初めてみました」
リブラは光悦とした表情をしている。そのまま吸い込まれるように歩いて階段へと進む。
「リコリス。貴方がなんと言おうと、私は全てを捨て、神にこの身を捧げるのです」
リコリスは光悦としたリブラの表情を見て、自分がやってきたことが無駄だと悟ってしまった。悔しそうに俯きながら、リブラが通り過ぎるのを受け入れた。
リブラは階段を一段。また一段と登っていく。リコリスはコブラのためにも、彼女を止めたかった。自分のためにも止めたかった。けれど、無理だった。その悔しさに両こぶしをぐっと握りしめ、下唇を噛みしめる。
少し登ったリブラが振り返り微笑む。リコリスのことを嘲笑っているようであった。
「それでは、リコリスさん。さようなら」
リブラはそういって階段を上がっていく。
その時だった。突然聖堂の扉が蹴り破られる。その音に驚いてリコリスは顔を上げる。
見えた男の表情に思わず安堵の笑みを浮かべてしまう。
男は一気に駆けてリコリスを通り過ぎる。その途中、言葉こそなかったが、リコリスの肩を軽く叩いた。
そしてその男は階段を上がり、リブラの腕を思いっきり掴んだ。
「お兄様っ!?」
「盗人コブラだ。神の座を盗みに来た」
そういってコブラは思いっきり彼女を引っ張りこんで、階段から引きずり下ろした。




