*初めての挨拶
三日後、無事ライセンス(結婚許可証)が取得できた二人は、ワシントンのD.C.の裁判所内で、そのまま判事の前での誓いをし、婚姻登記を済ませた。
この後、自宅に婚姻証明書が届いた段階で、無事二人は夫婦と認められる。
帰り道、愛車の中で灯が唐突に享に言った。
「ねぇ、Tallの職場にご挨拶に行ってもいい?」
「えっ?」
「だって、私はもう手続きが終わったなら、おばあちゃんちにすぐにでも行きたいし……でも、その前に妻としてはTallの職場を見ておきたいってとこもあるんだけど」
「そうか……それもそうだね。じゃ、このまま向かおう」
ワシントンD.C.を離れる前に、手土産を買った二人はクワンティコに向かった。
そしてFBI本拠地に到着。
しかしながら事前申請のない灯については、当たり前のことながらゲートで足止めを食らった。
その場で享は、オフィスの上司ジェームズに内線を入れてゲートに許可を出してもらう。
その場で灯は紙の書類にサインし、クリップ式の「VISITOR」バッジを胸につけて貰った。
灯を管理オフィスに連れて行く享。
享が所属するのはBSU(行動科学科)は、まだ公的認識度が低く、すべてを所属する捜査官が賄っている状況ではあるものの、実績を着実に積み重ね、そろそろ捜査の一環として認められつつある途中だった。
地下二階のオフィス。
壁に囲まれた無機質な空間は、煙草の匂いが染みついた男くさい部屋だった。
「あれ?」
「なんで?」
エレベーターから降りた二人を待ち受けていたのは、他の誰でもない達志だった。
「よお、早かったね」
「なんで父さんがいるんだよ」
「多分、あかりんのことだから、おばあちゃんちに、すぐ行っちゃうかと思ったけど、その前に享の同僚に挨拶したいって言うと思ってね。ほら日中は、まだお手伝いさんが来てくれてるし」
『そういう人の行動読むくらいなら、ここで仕事しろってんだ』と思う享。
その時、灯に近寄った達志は彼女を抱き上げると
「さあ、みんなに紹介しよう」
「おい、ちょっと僕の妻だって」
「いいじゃないか、僕の可愛い娘なんだから」
達志が声掛けをすると、享の同僚が集まった。
そこで灯を下す。
最初に握手を求めてくれたのはジェームズだった。
「始めましてミセス横溝」
「突然押しかけまして申し訳ございません。初めまして、チームリーダーのフォードさんですね。いつも享がお世話になっております。横溝灯です。灯とお呼びください」
「僕のことはジェームズと呼んでください。お噂はかねがね享から聞いています。この度は新婚旅行の邪魔をしてしまって申し訳なかった」
「とんでもございません。ジェームズさん、お気遣い有難うございます。ですがお仕事最優先です」
「理解のある奥様だ、享いい人を嫁さんにしたな」
「はい」
その隣からアレッサンドロが話しかけてきた。
「そこで謙遜はしないほど、いい奥さんってことなんだな」
享は頷いて照れ笑いしながら
「こちらはアレッサンドロ・モレッティさん、ここの始祖、最高レベルの方だよ」
「著書を読ませて頂きました。レジェンドにお会い出来て光栄です。宜しくお願いします」
「レジェンドとは照れるな!アレックスだ。享をここに引き込んだ張本人だよ。ベッピンさんだ。でも本当に22歳なのか?」
「もちろんです!人を犯罪者呼ばわりするのは、やめてくださいよ」
冗談を交わしながらの同僚との挨拶は和やかなムードで終わり雑談めいた展開になっている中、達志がニコニコしながら灯の肩を抱いているのが、気になって仕方ない享。
そんな享を席に戻っていたジェームズが呼び寄せる。
「これなんだが」
紙のファイルを差し出される。
「この前のロスの事件ファイルだ。共有しておきたいから目を通しておいて欲しい」
「分かりました。今、ちょっとだけ見てもいいですか?」
「奥さんを若手に相手させておいていいのか?」
「はい、大丈夫です」
「ならいいが……、横溝捜査官の方が好敵手みたいだな」
「……言わないでください」
ジェームズがにんまり笑った。
ロサンゼルスで起きたのは、こんな事件だった。
連続強盗殺人。
犯人はいずれも目撃情報がなく、地元警察はお手上げ状態だった。
そこでBSUにお呼びがかかったという訳だったが、白人男性、土地勘があり三十代から四十代、いずれも銃を使った痕跡から、身長は170センチ前後、手慣れた短い時間内で行われたと思われる計画的な犯行から前科がある者と踏んでの調査を開始。
次の犯行に選ばれそうな場所の特定を数か所アレックスが予測し、その犯行時に巡回中の警官が遭遇し犯人確保に至ったのだ。
ただし、その犯人は二十代半ばの以前にも強盗事件を起こし懲役を経て2年ほど前に出所したばかりの南米系男性、今までの連続した事件についても犯行を認め自供した。
が、銃の入手経路については話すことはないの一点張りだった。
BSUの出したプロファイリングは、土地勘がある三十代から四十代白人男性というところが外れてはいたものの、早期逮捕に貢献したという実績にはなった。
享の中には、犯人像がやはりそぐわない気がしていた。
「リーダー、この事件に本当に共犯はいなかったんですか?」
「いない」
「土地勘がある人物像しか思い浮かばないんですが」
「そうだよな」
「実行犯とは別に共犯というよりも指図した奴がいますね。四十代白人男性、地元の人間……後催眠暗示※をかけることができるヤツだ。また、やらかしますよ。自分の手を汚さずに」
「そうか……そのプロファイリングはアレックスが出したものなんだが、君にも分かるんだな」
「いや、最初に分かっていたのはアレックスさんですよね。うまいことしてやられて悔しがってませんでしたか?」
「あぁ、随分悔しがっていたが、さすがのアレックスも痕跡すら辿れなかった……仕方あるまい」
この事件の犯人との闘いはこの後も続くことになる。
※後催眠暗示
催眠心理学の正式な用語。「催眠が解けた後に、特定の合図キーワード(トリガー)を出されたら指定の行動をとる」という指示のことを指す。
暗示の中に「この行動をしたことは忘れる」という条件(消去暗示や忘却暗示)を組み込んだもの。




