*本当の結婚式
ワシントン入りをして数時間後、D.C.高等裁判所申請を済ませる二人。
ここでは他州の様に血液検査の結果待ちで長く待たされることはないが、申請からライセンス(結婚許可証)取得まで三日間の待機時間が必要だった。
当初、この三日間を使って、アレクサンドリアに転居を考えていた享だったが、灯の要望でスッタフォードにそのまま住むことになったため、一旦、二人の”新居”に移動することになった。
高層ビルや賑やかな商業ビルはなく、緑豊かな森を切り開いて建てられた一戸建てやタウンハウスが並んでいる街。家の前には整えられた芝生の庭先が広がり、ガレージ付きのアメリカン郊外スタイルの住宅が目立つ。
街の東側にはゆったりと流れるポトマック川があり、水辺にはボートに乗り場や公園が整備され、休日には釣りやカヤックを楽しむ姿が見られる。
春のスッタフォードは新緑とハナミズキの花やツヅジが咲き誇り、気持ちのいい風が吹き抜ける。
日本の四季と変わらない環境だ。
そして極めつけは、その一区画の土地の広さだ。
享がここを気に入ったのはそこにあった。
広大な森林や農地を切り開いて作られた街のため一戸あたりの敷地面積が0.5~1エーカー以上であったこと。日本でいうところの600坪~1200坪に当たる。
享は以前も話が出た通り、投資で相当資産を増やしたこともあり、自分の生活に欠かせないものには糸目をつけないタイプだ。
と言う訳で若輩者のくせにと驚かれながらも、この隠れ家的場所にも相当入れ込んだ。
隣家との間にはそのまま残された天然の林が挟まって、まずは家の中が見えるような距離感ではない。
多少大きな音を出しても気兼ねする必要もないことも最大のメリットと捉えていた。
まだ誰にも見せていない秘密の隠れ家。
そこに初めての来訪者。
もう享の中では”愛する妻”以外の何者でもない存在の灯が第一歩を踏み入れようとした時、いきなり享が彼女を軽々と抱き上げた。
「何?」
「儀式」
「何の?
「Carry・over・the・thereshold!」
「本来は結婚式の後に行う伝統的な儀式だよ」
「あ!新居に入居する前に、敷居には悪霊や魔物が住んでるからって言う……」
「新婦が躓かない様に新郎がお姫様抱っこで家に入るんだ……一生をかけて灯を守るからね」
「ありがと、Tall」
そのまま二人は口づけを重ねたまま家に入った。
その日の夕食は、ワシントンからの帰りに寄ったダイナーで購入したピザやサラダ、フライドポテトとコーラで済ませた二人。
スーツケースの中の荷物の片づけは明日に回して、今日のところは、もうのんびりしようということになった二人。
そこで享が、思いがけないオネダリをして来た。
「ねぇ、灯、一緒にお風呂に入らない?」
「えっ?」
「広いんだ。日本の温泉をイメージしたからね」
「どういうこと?」
「まず見てみない?」
「あぁ、うん」
それは本当に驚きのお風呂場だった。
シャワールームは別に装備。
広めのツーボールの多分大理石と思われる洗面台、その前には大きな全面鏡が木枠で縁取られており無機質感を無くしている。
収納は洗面台の逆側の壁面に埋め込みの棚が設置されバスタオル・フェスタオル・バスローブなど綺麗に収納されている。多分その下にシャンプーやコンディショナー、ボディソープなども入っているだろう引き出し。
同じ壁面には、洗濯機と乾燥機が埋め込まれている。
灯にとっては苦い思い出がある海外製だが何もかにもが完璧だ。
そして面前に見える奥の広々としたスペースは日本風バスルーム。
洗い場と体を浸ける湯船が別々の空間。
ただし中も洗面所から丸見えのガラスの仕切り、もちろんドアもガラス製。
外も立っていたら上半身は丸見えであろう全面ガラス張り。
「お風呂大きい」
「元々、僕さ、アメリカの湯舟って狭いと思ってて……シャワー派だけど、たまに浸かるなら、ゆったりお湯に浸かりたいと思ってたから」
「温泉の家族風呂みたい」
「あぁ、そんなとこかもね」
鎌倉で過ごし時に幸子から貰ったピンクのホルターネックの水着は何故か手荷物に入れてあった灯。
女子専用マンションに転居を考えていた灯は、その日は実家に帰ろうと数日間過ごすための荷物をトランクに詰め込んであった。
それはそのまま灯と一緒に渡航したが、後の家具や服などは、享が部屋に迎えに来た時に船便で手配してしまったため、まだ手元には到着していなかった。
「いい湯だね!」
灯の場合、体を全部伸ばして浮かぶように浸かっても、まだお釣りがくるような湯舟で伸び伸び温泉気分を楽しむ。
享は不満げだ。
「灯……ムードないんだけど」
「なんで?」
「なんでって?こっちが聞きたいよ。僕は裸なのに、なんで灯は水着着てんの?」
「だって恥ずかしい……Tallも水着あるでしょ。目のやり場に困るから着てきてよ」
『恥ずかしい?この期に及んで可愛いこと言っちゃって、全く』
享は灯を抱き寄せる。
「ちょっと!!」
「いやだね、水着なんか着ない」
「もう!どこ見ればいいかわからないじゃん!それに、この窓、外から丸見えだよね?」
「あぁ、その心配か……大丈夫。マジックミラーみたいなもので、こっちからは外は見えるけど、外からは見えないようになってるんだ。安心して」
「そうなの?!最初に言ってくれたらいいのに……」
「そしたら、これはなかったってこと?」
享がホルターネックを少しずらして灯の首すじにキスをする。
「……恥ずかしいのは変わらない!」
「ほどいていい?」
「ダメ!」
「なんで?」
「温泉気分に浸りたいから」
「温水プールじゃないのに……」
渋々、ホルターネックのリボンから手を放す享。
そんな享の仕草の中に、ようやく始まる夫婦生活への大きな期待と不安、そして離れて暮らすことを選んだものの、これでもか?というくらい実は離れ離れになることを心配して憂いる灯。
それが分かっている享は、一緒にいられる時には、ずっと離れない約束を守り通すと決意を新たにした。




