* バットマンとロビン?
地下二階の事務員のアンナは正直、頭に来ていた。
『ちょっと可愛いからって、横溝捜査官もみんなもチヤホヤしちゃって……しかも、あんな子供みたいな子が享の奥さんだなんて……』
アンナは独身、そろそろ四十代に入る女性。
事務員としては有能だが、なかなか良いお相手に恵まれなかった。
灯はチラチラとアンナをを見ていたが、周りがそれを許さず、アンナも自分からは、その輪に入れず、そうこうしているうちに、横溝捜査官が灯を連れて出て行ってしまった。
フォード捜査官が、享と話をしているうちに灯は帰ってしまったようだったが、その事には触れずに享はそのまま、席に戻った同僚と先日のロスの連続強盗犯についての深掘りを始めた。
『横溝捜査官父子は本当に素敵……まるでバットマンとロビン……でも育ち過ぎのロビンかしら?』
その時、気がつくと享がそばに来ていた。
『あらやだ!私ったら、ボンヤリしちゃってた』
「横溝捜査官、何かご用?」
「あ、いえ、すみません。あの、実は妻から預かり物があって。アンナさんにと託されてまして」
「私に?奥様から?」
「香りがするお守りです。妻の実家は神社で、こう言うものをお授けしています。僕の職場にアンナさんと言う女性が一人だけいらしてと言う話をしたら、これを」
小さな紙袋を差し出した。
「私に?」
「身につけて頂ければと言っていました。アンナさんをお守りする為に」
紙袋から匂い袋を出しながら、アンナは微笑む。
「いい香り……有難うございます。奥様にお礼を言っておいてください」
「すみません、彼女、マサチューセッツの僕の祖母の面倒を見る為に先を急いでいたので、ご挨拶が出来ずにとお詫びも伝えて欲しいと言われました」
『そんな話する暇、あったかしら?まあ、とにかく私にって言うのは本当の様だから……灯はバッドガールにしてあげるわ』
「こちらこそ、ご挨拶は私の方から伺わないとだったのに、ちょっと出遅れて……とお詫びも宜しくお願いします」
「はい!分かりました」
『本当、爽やか……ロビンにぴったり!』
アンナはコミック好きの女性事務員だった。
実はその時、享は内心バクバクだった。
ここの捜査官の全ての事務仕事を一手に引き受けるアンナに嫌われたら最後、何も仕事が進まなくなる。
今回は全員に行き渡るマフィンを手土産に考えたが、それとは別に灯は日本から数十個、ご近所さんや、享の職場の女性の知り合い用にと用意していたもの、それが匂い袋のお守りだった。
アンナに渡すキッカケを失う可能性はあるあるだった。というのも、人見知りのアンナが灯を避けるかもしれないと言う雰囲気があったからだ。
とにかく、灯も享も同じものを持っていて、どちらかが渡す事になっていた。
達志に灯を連れ攫われるとは思ってもみなかった享は、ちょっとモヤモヤはしたが……灯に託された約束は成し遂げた。
その夜、スタッフォードの家に戻った享は、すぐに電話をおばあちゃんちにかけた。
「もしもし?」
「灯?」
「Tall?ごめんね、声も掛けないで移動しちゃって……パパがワシントンからの便はなるたけ早い方がいいって言うから」
「そうか」
「パパに送って貰ったのはワシントンの空港までだけどね」
「え?そうなの?」
「だってTallがいらないヤキモチ妬くから」
「……ごめん……じゃ、ボストンからタクシー?」
「ううん、地下鉄とバスに乗ってみた」
「え!!何で!危ないじゃん!」
「大丈夫だよ。地下鉄はちょっと怖かったけど、私、子供だと思われて、逆にみんな親切にしてくれたよ」
「本当、怖いもの知らずだな……灯。そう言えばそこに父さんは車置いて行ったのかな?」
「うん、パパが自分の車を置いてあるから使っていいって言ってくれた。ガソリンは満タンだって」
嬉しそうに話す灯。
やはりモヤモヤが止まらない享。
「灯、週末は必ず、そっちに行くから」
「でもねTall、今日、ジェームズさんからお話聞いて思ったけど、休みたくても休めない事の方が多いって……なのに私のためにお休み貰ってくれて有難う」
『灯、なんて可愛い事言うんだ……今すぐにでも会いたくなるだろ!』
「いや、新婚なんだから、そのくらいは当たり前だよ。とにかく週末は必ず行くから!」
「そんな無理しないで!お休みの時は気分転換しないと辛いお仕事って言う事も聞いたから……おうちでゆっくりして身体を休めて欲しいの。あ、おばあちゃんが呼んでる!じゃまたね」
「灯!」
「ん?」
「愛してる」
「私もだよ!」
「うん、じゃ」
「じゃ、おやすみ!」
「切れた……」
日本とアメリカほどの距離ではない。
同じ国の空気を吸っているはずの二人。
なのに距離を感じるのは何故なのだろう……享は、灯の温もりが恋しくて仕方なかった。




