* おばあちゃんと一緒に……のはずだった
おばあちゃんは早起きだ。
まず、最初に新聞を取りに出る。
戻って来たら、まだ朝晩は冷えるリビングの暖炉に火を起こす。
そしてロッキングチェアーに腰掛けて新聞を広げた。
「あらやだ、またワシントンで殺人事件……大統領府のお膝元で、よくもまあ……怖い怖い」
灯が身支度を整え、顔を洗ってさっぱりとしてから、おばあちゃんのところにやって来た。
「おはようございます!今日はどんなことが一面ですか?」
「怖い事件の話よ」
「え?」
「ワシントンで、このところ連続殺人事件が起きてるの」
「ワシントンで?」
「ほら、これ」
灯はその記事を見て、『ワシントンも治安がいい訳じゃないなんて……アレクサンドリアに住むのも怖いじゃん。良かったスタッフォードにしてもらって……でもまさかTallは知らないわけないよね?』
「きっとTallが解決しますよ」
「あ、そうね、あの子は勘がいいからFBI捜査官向きだったもの。きっと享が解決するわね」
笑い合う、おばあちゃんと灯。
その後、灯は思いついた様に話しかける。
「朝ごはん、何か食べたいものありますか?」
「あぁ、灯!おじやが食べたいわぁ。お味噌の味が本当に優しくて、大好きよ」
「はい、おばあちゃん、今日もお野菜もお肉もたくさん入れて作りますね。少し待っててください」
「有難う、灯。明日は私がお当番ね」
「はい、おばあちゃんの朝ごはん楽しみです。レシピも教えてくださいね」
このところ体調が良いおばあちゃんの体力維持のためには身体を動かすことも大事と考えた灯。
朝型のおばあちゃんとは朝食だけ毎日交代の当番制にした。
昼食は小鳥のように、野菜を少ししか食べないおばあちゃん。
夕飯は灯が作るものの、その作り方はおばあちゃんに教えてもらうことにしていて、メモを取りながら、後でレシピノートにまとめるという作業をこなしていた。
朝夕のそのおばあちゃんのレシピを灯は習う事に灯は喜びを感じている。
まるでメグママに習っている様だったからだ。
お嫁さんが、その家の味を継承する。
享の好みは、きっとおばあちゃんのレシピのはずだからと灯は、この事はとても大事な大事な事だと思っていた。
そしてその週末、思いもよらないことが起きた。
要請依頼の案件がないことを確認して、享は金曜日の夜のうちにスッタフォードを愛車で出発。夜通し走ってでも早く灯に会いたいがために土曜の早朝に着く算段を考えての移動だ。
それでもレキシントンまでの距離は長く、どんなに急いでも九時間はかかる。
二時間ごとに休憩を、きちんととる享。
事故だけは避けたいからだ。
玄関前。
家の前のカーポートに達志の車が止められている。
これは灯がいつでも使えるようにと達志が置いていったミニクーパー。
その横に並べるように、享が車を横付けしたとき、午前六時を少し回る頃だった。
静かに鍵を開けて家の中に入る。
いつもなら、そろそろおばあちゃんが新聞を取りに出る時間のはずだが、その新聞は、今、享の手の中にある。
そこには思いがけない光景が広がっていた。
銀髪のTシャツにジーパン姿のでっかい男性と、ロングヘアの黒髪に派手なサイケなブラウスを着こんだ長身の女性がリビングのソファを陣取ってイビキをかいて寝ている。
テーブルの上には、ワインやらビールやらの空き瓶とグラス、つまみになったと思われる様々な皿やボウルが散乱していた。
ロッキングチェアーにはおばあちゃんがチョコンと座ってニコニコしていた。
「あら、享。あなたも来てくれたのね」
おばあちゃんは嬉しそうだ。
「おはよう、おばあちゃん」
しゃがむと頬にキスする。
「灯は?」
「シィーッ」
おばあちゃんのロッキングチェアーと三人用ソファを挟んで、逆側に置いてある一人用の大きなソファに座っている達志に抱きしめられて灯は子猫のように丸くなって寝ていた。
「これどういうこと?」
「なんだかね、昨日の晩に突然、ローレンスさん達が灯に会いにいらしたの」
「え?海上演習中じゃなかったの?」
「切り上げさせちゃったらしいわよ」
「なんて人だ……」
『演習中だっていうから後で時間を作ろうと思ってたのに』
ここにも国家予算を顧みない強者がいた。
達志の父親はアメリカ海軍特殊部隊の元司令官。
現役引退はしたものの特別顧問として現役さながらに後進の指導にあたっている。
達志の両親のローレンス夫妻が押しかけて来たということになる。
「どうなってんだ、この人達は……はい、おばあちゃん、新聞」
「あら、有難う。そろそろ取りに行こうかどうか考えてたところよ」
「まさか、おばあちゃん、寝てないの?」
「まさか、私と灯は一緒に先に寝たのよ。でもきっと灯は気を遣う子だから起きて付き合ったのね」
「あぁ、そうなんだ。おばあちゃんは眠れたんだね?」
「えぇ、えぇ……。なんだか、いいわねぇ。たくさん人がいるって」
「でも騒がしかったでしょ?」
「笑い声が聞こえるのが、なんだか嬉しくて……いつの間にか眠ってしまって気が付いたらいつもの時間に目が覚めて、ここに来てみたら夢じゃなかったって思って見とれてたの」
「この有様に?」
「えぇ、灯と過ごす穏やかな時間もとっても楽しいのよ。でも、たまにはこんなパンチの効いたこともあると楽しいものなのね」
「そうか……確かにね」
享は毎日の平穏を祈りながらも、今話題のワシントンの連続殺人犯について考えていた。
ワシントンD.C.のお膝元ゆえなのか、地元警察のプライドが邪魔するのか、はたまたFBI本部もあるためなのかBSUに未だに要請が来ない。
BSUの中では既にアレックスを中心にプロファイリングは始まっていて、いつでも犯人像を公言可能な状態になっているのに……。
とはいえ、今のこの状況は許しがたい。
特に灯を抱きしめている寝ている達志。
『この人は暇なのか?なんで僕より先にいつもいるんだ?そういえば、外に車がなかったけど、この人達どうやって、ここまで来たんだ?まさか……』
『多分、軍用機でボストンまで来やがったな』と踏んだ享だった。




