*二人っきりで
「ん?」
享の声がした気がして、灯は目を覚ました。
享はおばあちゃんと話している。
『あ?また、やっちまった……パパに抱きしめられて寝てた……これはTallは絶対に怒る案件』と、考えた灯だったが、声もかけずに享は奥に行ってしまった。
『昨日の夜から、きっと車でわざわざ移動してくれて、さっき着いたばかりなんだろうに……これはマズイ』灯は、達志の腕の中を静かにすり抜けると享の後を追いかけて部屋に向かった。
ドアを静かにノックする。
中からは応答がない。
ドアを開けると灯は中に入った。
部屋の窓の外を立ったまま眺めている享。
その腰のあたりに抱きついた灯。
『とりあえず喜んでおこう』
「Tall、来てくれたんだね、嬉しい」
返事がない。
「Tall?」
「……どれだけ」
「ん?」
「どれだけ……」
「どれだけ?」
享は振り向きざまに灯を抱きしめて、後を続けた。
「どれだけ僕が我慢してるか分からないの?」
「……ごめんなさい」
「八年我慢して、四年近くまた我慢させられて……
一緒にいたいのに……見せられた状況は、あれなの?」
『パパのお膝で寝てたことだよね……』
「あのね……」
灯が言い訳をしようとした時、享は彼女ベッドに突き飛ばした。
「え!!」
「我慢の限界だって」
「今?」
「黙れ」
「!?」
享が灯の唇を塞いだ。
「ちょっと、ねぇ?いくら何でも……」
「うるさい」
享は灯の耳元で囁く様には話すものの、声には鬼気迫るものを感じる。
その時、ノックの音が響き、享は手を止めて息を潜めた。
すると達志の声がした。
「ちょっと、両親とお義母さんも一緒に外に朝ごはんを食べに行って来るよ」
灯が慌てて答える。
「あの、私達も……」
享の灯を見つめる瞳が揺らいでる。
「君達は、仲良く二人で、ゆっくり朝食を楽しみなさい。じゃ!」
達志の足音が遠ざかり、騒めきが玄関の扉が開いて閉まった音と共に過ぎ去り、車のエンジン音が響いたと思ったら、何事もなかったかの様に静かになった。
「Tall?」
『くそっ、カッコつけやがって……これじゃ、まるで僕が狼みたいじゃん』
「二人っきりになっちゃったね」
灯はあえて、"二人っきりにしてくれたんだね"と言わなかった。
そこで、また達志の策意を感じてしまう享だったが、この時間を有効に使わない手はない。
「灯、朝ごはん食べていいよね?」
灯が顔を赤らめてモジモジしているのを見つめながら、享は口づけを交わすと彼女の服の中に容赦なく手を忍び込ませた。
「そう言えばTall、背伸びた?」
ベッドの中で享は腕で灯の肩を抱きよせ、その胸に寄り添う様に身体を任せる彼女が呟いた。
「よくわかったね。4センチくらい伸びた」
「190超えちゃったんだね」
「クワンティコで、やらなくてもいい新人研修に混じったら、ちょっと鍛え過ぎちゃって」
「学生時代のTallは、しなやかな筋肉なつき方しててバレーボールの選手みたいだった」
「え?そうかな」
「でも今はバスケの選手みたい。肩も腕も脚も筋肉が上乗せされたみたい」
『よく見てんな……確かに僕もそんな感じがしてた。鍛え方の違いかな……』
「重い?」
「え?」
「体重も増えたからさ、灯には重い?」
「なんでそんなこと聞くの……」
「大丈夫なの……?だったら」
「……でもそろそろ……」
「いや、多分、まだだと思う」
「何で分かるの?」
「僕を誰だと思ってんの?これでもプロファイラーだよ」
「……そうだね……」
灯はまた享の口づけを嬉しそうに受け入れた。
享が話した通り、どこまで買い物に行ったものなのか様々な食材の調達までしてきた達志達は昼過ぎまで戻って来なかった。
昼食は白いパンに溶かしたチーズを乗せたものとコーヒーと果物で簡単に済ませ、BBQをするための食材を買い込んで来ており、早い時間から庭先で享達男性陣は缶ビールを片手にテーブルセッティングとグリルの火起こしから支度を始める。
おばあちゃんはベンチに腰掛けて、そんな様子をニコニコ笑いながら見ている。
その頃、達志の母親由美子と灯が食材の下ごしらえを台所でしていた。
「灯、本当に何も言わず押しかけてゴメンね」
「いえ!全然です!むしろ、早くお会いしたかったし、何よりもおばあちゃんが楽しそうで良かったです」
「バーバラ……元々はもっとふっくらしてたのに、アーサーが亡くなった時以来、なかなか来られなかったけど、もっと会いに来るべきだったわ……あんなに小さくなっちゃって……」
バーバラ・ウィンスロップ、それがおばあちゃんの本名だ。亡くなったおじいちゃんはアーサー・ウィンスロップ。
ウィンスロップ家はアメリカでは旧家と呼ばれる識者の中でも名門だ。
「この後、多分、ちょっとしたバトルが始まるかもしれないんだけど……スチュワートは遠回しに物を言わないだけで、悪気はないからね」
「えっと、それは?」
「夕べも灯がバーバラと一旦部屋に戻ったあと、少し揉めたんだけど……」
「達志パパとスチュワートお義祖父様がですか?」
「そうなのよ……でも、私達に取っちゃ、いつものことなんだけどね」
「そうですか」
「気にしなくていいから」
「あ、はい。由美子お義祖母様」
「お祖母様って柄じゃないんだけど……享は、バーバラのことはおばあちゃんって呼んでるけど、こっちはジイちゃん、バアちゃんだし」
「それは……私にはちょっと……」
「じゃ、慣れたらね!」
「はい、有難うございます」
灯が下ごしらえを済ませたものを運んで来て、火起こしが済んだBBQグリルの横に置かれたサイドテーブルに並べ始めた。
様々な野菜を串刺しにしたもののほかに、ハンバーガーパティやホットドッグ用のフランクフルト、骨付きのバーベキューリブ、チキンに甘辛い市販のBBQ用のソースを用意。何とステーキ肉もある。
サイドメニューにはポテトサラダやコールスロー、|コーン・オン・ザ・コブ《とうもろこし》などはテーブルに置いて行く。
そんな灯にスチュワートが声をかけた。
「おい、子猫」
「はい?お義祖父様」
「どうだった?」
「はい?」
「我がローレンス家の跡取り作りは順調か?」
「おい!ジジイ!そう言うこと灯に聞くなっ!しかもキティってなんだ!」
享がBBQグリルの横で顔を真っ赤にして肉焼き用のトングを振り回して怒り出した。
「おやおや、折角、気を遣ってやったのに……何も無かったとでも言うのか?」
「だから、そんな話すんなっ!」
灯は今頃、その内容に気づき、顔から火が出る様な思いをしながら台所に戻って行った。




