*おばあちゃんといたい===加筆・修正あり
その日はもう寝る時間ということもあり、簡単な挨拶だけで、それぞれが自室で寝支度に入った。
おばあちゃんの家は平屋だが、さすがアメリカン、どの部屋も南向きで広々としている。
家の一番奥の部屋が、主寝室。
今はおばあちゃんが一人で使っている。
その手前が、リビングと同じような横長のダイニングルーム、とはいえ、8人掛けのテーブルが少し北側に寄っているが、その南側のテラスにそのまま繋がるかのような全開型の両開き窓の手前には、猫脚の装飾が施された楕円の低テーブルを挟んで、緩い傾斜のかかった背もたれのソファが一つずつ置かれいる。
日中、おじいちゃんがいつもそこで新聞を読んでいたんだと享に聞かされた灯は、北側にも繋がるように両開きの腰窓が開け放たれ
『なるほど気持ちがよさそう』だと吹き抜ける爽やかな草の香りがする風を感じた。
リビングとダイニングを繋ぐ廊下の左手側は、トイレにバスルーム、洗濯機やそこでアイロンがけなど住ます家事室、保存のきく食材の保管室、また季節ものの保管庫になっていた。
ダイニングのすぐ隣が、享が使っていた部屋。
元々はメグの部屋だった。
そこを灯が使わせて貰っている。
その隣には客間が二つ。その一つを達志が使うという話にはなっていたが、実際はおばあちゃんが心配で夜中にはダイニングに移動しているらしい。
そして玄関ポーチからそのまま入ったところが前述の通り、横長にいっぱいいっぱいの応接間を兼ねたリビングがとなっており、北側にはおじいちゃんのお気に入りの立派な本棚と書斎のような造りになっている。
廊下はそのリビングの先から伸びていた。
二人きりの部屋で灯が呟く。
「不思議な感じ」
シャワーを浴びて少し冷静さを取り戻した享が尋ねた。
「何が不思議なの?」
「メグママが使ってた部屋をTallが使って、今、私達二人が一緒にいる事」
髪をタオルで拭きながら
「確かに……不思議かもね」
「だよね……」
「あのさ」
「ん?」
「さっきの続きいい?灯は僕の奥さんって確かめたい」
灯は『どこまで独占欲強いんだか』と思うも、すぐに思い返す。『でも、またすぐに仕事に駆り出される事を思ったら、私だってTallを少しでも近くに感じたいし……ずっと我慢もしてくれてたんだし』
「うん……」
「灯……」
享が灯の唇に近づいた瞬間、灯が口を開いた。
「でも、その前に話したいことがあるの」
「何?こんな時に話す話?」
「十二年も我慢出来たのに?」
「それはそうだけど……もう、我慢したくない」
「大事な話だから」
「僕達にとってって言うこと?」
「そうだよ、すごく大事なこと」
『まさか?』と思うところがある享。
「私、おばあちゃんと暮らしたいの」
「やっぱり……」
「やっぱり?」
「父さんが灯をここに連れて来た理由を考えなおしたんだ……」
「それで、やっぱりなの?」
「放って置けないんでしょ?」
「うん」
「僕らの新居に呼ぶ事が一番いいと思ったんだけど、おばあちゃんは慣れ親しんだ土地から離れたくないって」
「そうだよね」
「灯のことは日本から連れ出して置いて、おばあちゃんのことは本人の言い分聞くなんて……ごめん」
「おばあちゃんにとっては、家族三人で暮らした、思い出がある掛け替えのない場所だもの」
「父さんが仕組んだんじゃない?」
「ちがうよ。パパから聞いた話は……」
===
メグが亡くなって渡米した時、仕事の都合上、享の面倒が見にくい状況にあった達志は、マサチューセッツのメグの両親に享を預かって貰う事にした。
だが、メグの両親は孫は可愛いと思いつつも、達志に対してはメグを日本に連れ帰り、"絶対、メグを守ります"と言う約束を守らなかったと、心を許してくれなかった。
享を預けて一ヶ月。
再び、メグの実家を訪ねると事態は一変していた。
「よく来てくれたね」
メグの父親アーサーは達志にハグまでして来た。
『何があったんだ?』
「中に入りなさい」
「はい、お邪魔致します。享がお世話になりまして本当に有難うございます」
「そんな堅苦しい挨拶は無しでいい、享!パパが来たぞ」
どうやらキッチンから出て来たと思われるエプロン姿の享が達志に抱きついた。
「パパお帰り」
「ただいまって言って、宜しいんでしょうか?」
アーサーに尋ねる達志。
「我が家に帰って来たんだ、当たり前の挨拶だろ」
「有難うございます!享、ただいま!」
達志は享を抱き上げた。
この後、すっかり、この家に馴染んだ享の姿を見て安心した達志。
「元気そうだ。おじいちゃんとおばあちゃんの言う事聞いてるか?」
「もちろんだよ、達志」
「え?もう喋れるのか?」
そこにメグの母親が出て来て
「享は飲み込みが早いのよ。私達も驚きの連続よ、言葉だけじゃないの。食事の手伝いも出来るのよ」
「食事の手伝いはメグが男の子もご飯くらい作れないとと教えてはいましたが、お役に立ちますか?」
「それはそれは大助かりよ。お帰りなさい、達志。ちょうどご飯の準備が出来たところよ。一緒に食べましょう」
四人でキッチンに移動した。
ダイニングテーブルには食事用意が四人分用意されていた。
達志は思った。
『享はさすがメグの子だな。人あたりの良さは完璧に君からの贈り物だね。メグ改めて思うよ、君はすごい女性だった。享の母親としても。有難う、享をいい子に育ててくれて」
===
「パパはTallのお陰で、この家の家族になれたって感謝してるって」
「そっか……」
「泣くのは早いよ」
「そんな風に思ってくれてると思わなかったから」
「そうなんだ」
いつもとは逆に、灯が享に寄り添って背中をさする。
「それで灯におばあちゃんと一緒にいて欲しいって父さんが頼んだわけじゃないの?」
「違うよ」
「そうなの?」
「おばあちゃんは、最近になって、また体調が少し良くなくて今昼間はお手伝いさんが付いてるから心配はないんだけどねって」
「そうなんだ。それは父さんとも相談していて、これからは夜も付き添いさんを頼むつもりだったんだけど……本当にそうしたいの?」
「うん、おばあちゃんには色々いっぱいTallの話を聞かせて貰えて嬉しかったし、まだまだ足りないの。それで付添いさんを頼りにするよりか、Tallが仕事で飛び回ることが多いんだったら……」
「灯なら一日中、一緒にいられるからって言うの?」
「……うん……ダメかな?」
享は、許可を促しておきながら、実は考えを変えない灯の性格は、よく分かっていた。
「ダメなんて言えないよ」
「いいの?」
「もちろん。むしろ、そんな事を考えてくれた灯には感謝しかないよ」
「Tall、有難う……でも、Tallには淋しい思いをさせるけど」
「……まあ、それはそうだけど」
「そういえば、Tall、日本にいた時、おばあちゃんのこと一回亡くなったことにしたことあったよね?」
「え?……覚えてた?」
「ひどい孫」
「あの時は喪に服すって言えば、初詣とか人ごみに灯を連れて行かなくて済むと思って」
「うわ、そんなことで?」
「心配ごとが沢山あった時だったから」
「そっか……有難う。いろいろ考えてくれてたんだね……それなのに、また今度も我儘言ってゴメンね」
「いや、そんな灯だから愛してるんだから……これは惚れた弱みだ……なかなか会えないかもしれないけど。僕のおばあちゃんのために灯が頑張ってくれるんだから我慢する」
「じゃあ、その分、会える時には、ずっと一緒にいてね」
「もちろんだよ、灯のその優しさが忘れられなくて、ずっと一緒にいたくて……僕が君を忘れられなかったんだから」
「Tall……私もだよ」
「灯」
二人の夜はこうして更けていった。




