*本当のことは言わなくていいよ
「おばあちゃん、パパ!ただいま」
ダイニングの庭先から、息を切らして灯がマーㇽと一緒に大きく開け放たれた窓から飛び込んできた。
「おや、お帰り。マールと享と初めてのお散歩はどうだった?」
「楽しかったよ!マールったらね。Tallのこと大好きみたい。猫みたいにスリスリするんだよ」
「おやまあ、灯みたいじゃない?」
「え?」
「享が来ると、いつもホントに嬉しそうに可愛い顔して、あの子のことばかり見てるじゃない」
「え?そんなことないよ!」
「ムキになるのが、動かぬ証拠よ」
そんなおばあちゃんとのやり取りの中、笑顔で達志が灯に声を掛けた。
「で、享は?」
「あぁ、昨日はクワンティコを深夜に出て、まあ一旦家に着替えとか取りには寄ったみたいなんだけど、今マールと走って汗かいたからシャワー浴びてくるって」
「へぇ、どこから入ったの」
「え?えーと」
「まあ、マールはそんな走り疲れてないみたいだけど……」
達志は含み笑いをしながら、上気した灯の顔を見る。
『本当の事は言わなくていいよ、聞いたりしないさ』
その視線をかわそうと灯は台所のまな板の上を見て刺身に気づく。
「あれれ、まさか!」
「どうした?」
「お昼から、お寿司?」
「マグロは刺身にもしたけど、灯の好きなものがいいと思ってね。お昼頃生まれたから」
「え?覚えてくれてたの?」
「もちろんだよ」
「いやんパパ!嬉しい」
灯は達志のお腹のあたりに飛びつく。
「灯、危ないよ。包丁持ってるんだから」
「でも嬉しくて、こんな贅沢なことなかったもん。いつも、来月クリスマスなんだから、それまでケーキは我慢ねとか言われてたから」
「そうだったね」
「でもメグママが必ず、誕生日じゃない日だけど享と二人で食べられるくらいの可愛いケーキを作ってくれて……嬉しかったな」
「そう……それはメグが灯の事大好きだったからだね」
「うん!すごくすごく可愛がってくれた……そういえばパパ、お寿司握れるんだ?」
「あぁ、この日のために握り方を板前さんに習ってきたんだよ」
「すごい」
「マグロだけは自分で切り身にしたけど、あとの上に乗せる食材は板さんに処理もあるから切って貰ってあるから、乗せるだけなんだけどね」
「でもすごいネタばかり」
「季節もいいから-甘鯛も特別に仕入れて貰ったんだ。松笠揚げにしようと思ってね」
「えーーーー!本当?!」
「本当だよ」
「神」
「大げさ」
達志は灯の頬にキスした。
「楽しみ~~~」
灯はまだ達志に抱きついたままでいる自分を忘れていた。
「あかり」
ダイニングに入ってきた享が、静かながら低い声で呼びかけた。
『あ、さっき、せっかくいい感じになったのに……また、やっちまった?』
灯は、久しぶりに会えた享への燃え上がる気持ちを抑えられえずに自分から享の腕の中に飛び込んだのに、と固まった。
「享くん、本当の事は言わなくていいし聞かないでおくけど、今日はあかりんの誕生日会なんだから好きにさせてあげなさいよ。君もそうしたかったんでしょ?」
「え?」
享と灯の目が思わず合う。
マールと初めて会う享と一緒に散歩に行くという体で出かけると言って、二人の部屋に行った灯。家の中でこっそりイチャイチャしてたと気づかれないように、灯はいつも享が自分に言う、”愛してる”と連発する言葉を発するのを封印にしたはずなのに……。
「何言ってんだ父さん。灯がそこにくっついてんのが気に入らないだけだよ」
「おやまあ、そうかい。じゃあ、せっかくだけど休暇は取り消そうか?」
「何それ?」
「さっきジェームズと電話で話したんだが、このところ依頼続きでろくに休んでない息子を可愛い嫁の誕生日を祝うために休ませてやってくれってね」
「え?班長に?」
「あぁ、来週の水曜までな」
「父さん、それ本当?」
「あぁ」
「パパ有難う!」
享じゃなく灯が達志の首に抱き着いて頬にキスした。
享はムカッとしたが、さすがに我が父親だが手回しが良すぎる、何かきっと何か裏があるはず。
「それで?」
「それで?」
「その間に、僕がやることがあるってことでしょ?」
「さすが我が息子、察しがいい」
「何すればいいの?」
「マールが手術でいない間の番犬」
「マールが手術?」
「穏やかな子供の心のまま、君のような大人になってもらうためにね」
「例えについては不問にするけど……もう、そんな時期なんだね」
「まあ、仕方ないよ。うちは牧場でも農家でもないんだ。マールはマールのままでいて貰わないと」
「そうだね、人を傷つけても困るもんな」
「月曜の朝に予約したから、預けに行って夕方迎えに行ってあげて欲しい」
「あれ?日帰りなのに僕は番犬?」
「いきなり、すぐに元気に番犬させたら可哀そうだろ?まあ本来は2週間くらいは安静にさせないとらしいけどな」
「まあ、そこまではつきあえないもんな」
「来週また僕は来るけどね」
「え?なんで?」
「そりゃあ、マールが心配だからね」
「本当にそれだけだろうね?」
「おばあちゃんが心配だからな」
「あ、うん、そうだね」
灯が一人でおばあちゃんを見守っている時に何か起きたらと思うと、彼女の心身面を考えると享も気が気でなかった。
「ねえねえ、お昼ご飯はまだなのかしら?お腹すいたんだけど?」
今の今まで、ソファで気持ちよさそうにウトウトしていたはずのおばあちゃんがいきなり目を覚まして、庭先でマールと遊んでいる灯を優しい目で見つめながら声をあげた。




