*覚えてるに決まってる
「灯!」
享はまるで、そばにジェーンがいないかのように、灯のそばに近寄ると、その唇にそっとキスする。
「外に車があったから、多分そうだろうと思って……そうしたらやっぱりそうだった」
「えっと、こちらジェーンさん、ここの店主さん。夫の享です」
「知ってるわよ、お互いにね」
「あぁ、すみません、灯しか目に入らなくて。いつも祖母と灯がお世話になって有難うございます。バセット先輩」
「ポールが婿養子ってことも知ってるって訳?」
「祖母から聞いてます」
「灯は買い物に来たんだけど……あなた、ここにいてもいいと思ってる?」
「え?妻の買い物に付き合っちゃダメですか?」
『Tall、そいうところは気が利かないんだよね』
「車で待っててくれないかな?」
「どうして?」
「下着が欲しいの」
「マールは良くて僕はダメなの?」
「え?マールのこと知ってるの?」
「おばあちゃんから聞いてた。そのうち家族になるからって」
マールは肌で感じるものがあるのか、享に向かって嬉しそうに尻尾を振りまくっていた。
「じゃ、マールと一緒にビッキーちゃんをあやしてあげてて」
「O.K.」
「思ってたより大変そう」
「え?」
「愛されすぎ」
「そんなことないと思うけど」
「いやいや、外で車見たからって、うちの旦那だったら先に帰るし。普通食い下がったりもしないよ」
「まあ、今は一緒にいられる時間が少ないから」
「あ、そうよね♪……あれ?そういえば今頃だけど今日おばあちゃんは?」
「パパが来てくれてて」
その言葉に敏感な享が聞き返す。
「え?父さんが?」
「うん、お掃除終わった頃かな?」
『……やられた』
「今日は何かある日なの?」
「あの、実は私、昨日が誕生日で……」
「あらやだ、先に言って!サービスするから!ね!何から見る?」
ところどころ脱線もあったが、無事買い物は終了し帰ることに。
「ジェーンさん有難う」
「いえいえ、こちらこそ子守を有難う。毎度あり!また来てね」
「灯、後で取りに来るから僕の車に乗りなよ」
「いいよ、そんな面倒くさいことしなくても、じゃ、またうちでね!」
「ちょっと灯」
車に向かって歩き出した灯の後をマールがついて行く。灯は当たり前のようにマールを乗せると車を発進させた。
後に取り残された享に、店の中から見送っていたジェーンは目が合うと苦笑いされた。
少し遅れて到着した享。
たまたま街のケーキ屋が灯のための誕生日ケーキを持ってきたところに出くわして、お金を払って受け取り家の中に入った。
『また鍵が閉まってない!!』
ダイニングに向かうと、台所で寄り添うように食事の支度をしている達志と灯の姿が目に入った。
灯が気づいて享に声を掛けた。
「遅かったねTall、あ、それは?」
「今しがた外で受け取った」
達志が続ける。
「あぁ、有難う。支払いしてくれたのかな?」
「したよ」
「有難う、冷蔵庫に入れておいてくれ」
「わかった……入れたら、ちょっと着替えてくる」
「あぁ、手も洗えよ」
『子ども扱いか!!この光景は既視観だ。また先を越された』
車から手荷物を下すと部屋に運ぶ。
玄関にはきちんと鍵をかけた。
部屋に入ると灯が立ったまま待っていた。
荷物を端の方に寄せながら灯に背を向けたまま話す享。
「あれ?料理してたんじゃないの?」
「Tallがせっかく帰って来てくれたのに、ちゃんと挨拶もしてなかったし」
「灯は恥ずかしがり屋だからな……おっと」
灯の方を向きかえった時、灯の方からいきなり享の腰のあたりに抱き着いてきた。享はこの展開なかった訳じゃなかったが、今までのどんな時よりも灯の腕に力がこもっている気がした。
「Tall、会いたかった。誕生日覚えててくれたんだね」
「当たり前だよ!覚えてるに決まってる。でも、どうしても昨日は動けなかったから……早く灯に会いたかったから来たんだ」
「絶対、私の方が会いたかった」
「え?」
享は小柄な灯のどこにそんな力があったのかと思われるほどの強さで身体を押されてベッドに二人で倒れこんだ。
「灯……?」
「しっ」
気が付くと窓には、カーテンが閉められ、ドアにもいつの間にか鍵が閉まっている。
上から灯が享を抑え込むように体の上に乗っている。
「ちょっと?」
「黙って」
灯が享の顔に、潤んだ瞳に赤らめた頬で目を少し閉じながら寄せてきたのを見て、思わず享の方から灯の唇に自分の唇を重ねた。
思わず享はそのまま灯の身体を抱きしめると、彼女の頭を押さえて動けないようにしたまま口づけを続ける。
『このまま続けていいのか?』
灯の口づけの方が熱さを増して、深く享の唇に強く押しつけて来た。
享はここ数ヶ月、後から後から来る事件解決の依頼に忙殺され、片付けるごとに人間不信になりかける自分に嫌気がさし始めていた。
そんな時、たまたま、途切れた仕事の依頼。
「今日妻の誕生日なんです!!帰らせて頂きます!!」と言い放ち、ジェームズの返答も聞かないまま、地上階になった新しい事務所から飛び出したのが、深夜のことだった。
享は灯を抱きしめたまま、灯の上に覆いかぶさる。
灯はいつもなら、どこかのポイントで「今はダメ」と言い出すはずなのに、そうならない。
享のキスは、もはや灯のブラウスのボタンをはずし、その胸元まで落ちていた。
「灯?いいの?」
「……聞かないの」
「え?」
「たまには、聞かないで」
「……」
「あと、愛してるって言わないで」
「あ……そか……分かった」
享と灯は、カーテン越しにまだ日差しが高い中、ちょっとだけ新婚さんらしい時間を過ごしたのだった。




