*昨日は何の日?
おばあちゃんとの毎日は本当に楽しい。
マールのお陰でちょっとした買い物なら留守にもできる。
気が利くマールは何かの時、お隣さんにまで走っていけるような資質まで持っていたからだ。
お陰でおばあちゃんに内緒で何かしら、お楽しみのおやつも買って帰れるようになった。
享は、あの最後に灯から切った電話以降、やはり忙しいらしく電話もない。
『マールのこと話したいのにな……Tallがおばあちゃんに話してくれたからマールと早く出会えたから、有難うって言いたいのに』
土曜日の早朝、目覚めのミルクティーを飲みながら、今日の新聞に載っている事柄について灯が話を聞いている時に、定期的に来てくれていた達志が、日本の食材を持って訪ねて来た。
「お義母さん、灯、ただいま。玄関また開けっ放しにして享に怒られるよ」
「あぁ、ゴメンなさい!マールがいるようになってから、気が抜けちゃって……ってパパまた今週も来てくれたの?」
「あぁ、多分、これは灯も喜ぶと思ってね」
「なんだろ?」
そう言いながらダイニングのソファで日向ぼっこしている近づきおばあちゃんの頬にキスする達志。
そんな達志の耳元で何やら囁くおばあちゃん。
「いつも有難う……で、例の物は?」
「もちろん、後でお部屋に運んでおきますよ」
そして灯のことを抱き寄せると、そのおでこにキスして保冷ボックスから出した大きな包みを渡した。
「ほら、マグロ」
「え?マグロ?」
「しかも腹身※だよ。刺身でいける。つまも少し分けて貰った」
「こっちでもマグロって取れるの?」
「ボストンもそうだけどニューヨークもマグロの漁場でね。ただ、70%近くは日本に空輸されてしまうんだ」
「え?、じゃあ、このマグロは?」
「ニューヨークの馴染みの店に分けてもらったんだよ」
「あの、まさか私のために?」
「灯、昨日だったけど誕生日でしょ?」
「あれ?あ、忘れてた……昨日でした」
「あれあれ、享からは何も連絡ないの?」
「何だか忙しそうで」
「まあ、じゃあ、僕が代わりに可愛がってあげるからね。今日は灯は家事もご飯作りもしなくていいよ」
「え?そんな?」
「いいからいいから、まずは洗濯かな?」
「あぁ、パパ!!それだけは勘弁して!」
「え?あぁ、そうか……失礼。じゃ、それ以外だね。掃除からしようか?」
「はい、お願いします」
おばあちゃんは、その二人のやりとりを見て呟いた。
「本当の父娘見たいだけど……息子も来られるといいのにね」
洗濯ものを干し終えた灯は、達志に家のことをお願いしている間に、いつもなら、ちょっと行かれない買い物に行かせてもらう事にした。
昼食の後で一緒に行くからと達志が言うのを断って、マールを連れて車で15分ほどの、とある店に向かう。
そこで買いたかったもの、それは下着だ。
『そういえば、あの時、せっかく買って貰った素敵な下着、洗濯してダメにしちゃったっけ』今となっては懐かしい思い出だ。
「こんにちは」
「あら、灯、いらっしゃい」
「マールもいいですか?」
「もちろんよ。ビッキーが喜ぶわ」
この辺の人たちは、ウィンスロップの看板を背負っているせいなのか、バーバラの人柄のせいなのか、灯を日本人扱いしない。
普通にご近所さんの対応だ。
女性ものを取り扱う店。
ここの店主は親の代からの店を、今どきの感覚の女性がやった方が繁盛するだろうと後を継いだばかりのジェーン。
享と高校までは一緒だった享より2歳年上の気のいい女性で、今は生後8ヶ月になる女の子の母親だ。
ご主人は近くの車の整備工場に勤めている。
店にケージを置いて、その中に赤ちゃんを遊ばせておいて店を切り盛りしていた。赤ちゃんの名前はビビアン。皆、ビッキーと呼んでいる。
早速、マールはビッキーのケージに寄り添って、自分の尻尾を枠の間から差し入れ、パタパタ動かしてビッキーのご機嫌を取り始めた。
「マールって、本当よくできた子ね。まだ6ヶ月くらいなんでしょ?」
「あぁ、確かそのくらいで」
「ビッキーの方がお姉さんなのに……」
二人で顔を見合わせて笑い合った。
「それで今日はどんなものが欲しいの?」
「下着を」
「下着って?ブラ?」
「セットで……ちょっと可愛いヤツがあったら」
「あらあら、そうよね。灯んところは、まだ新婚さんだもんね」
「まあ、そういう訳でもないんだけど……」
「相変わらず仕事は忙しいの?」
「みたい、最近電話もないの」
「あら、心配じゃない?」
「え?」
「まあ。享だったらないとは思うけど、まさか……」
「まさか?」
「浮気とか」
「え!!!!」
「あらやだ、ゴメン!享は12歳の時から、ずっと灯に恋してたんだもんね!」
「えっと何で知ってるの」
「有名な話よ。心無い馬鹿どもがたまにいてさ、享のこと申し訳ないけどJapとか呼んだりした訳よ。でもそんなときでも、享は柔道もやってて強いのに無視したの」
「無視?」
「僕には灯がいるから、相手に怪我させたら怒られるって」
「え?そんなこと言ってたの」
「えぇ、全くすごいよね」
『あぁ、穴があったら入りたい。恥ずかしすぎる。この話初めて聞いたけど、享の知り合いはみんな知ってるってことだよね』
「それに」
「それに?」
「どんな女の子からの誘いにも乗らなかった」
「ホント?」
「本当よ、びっくり!かと思えば、とっかえひっかえ彼女を替えるヤツもいたのよ。近所だから、あまり言いたくはないけどサンダース商会のサムとか、その典型的な男よ」
「あぁ、あの人」
「あら会ったの?」
「この前、おばあちゃんのテレビが画面映らなくなって来てもらったんだよね」
「へえ、とうとう戻ってきたんだ」
「知らなかったの?」
「だって、昔からヤンチャで、ちょっと嫌なヤツで年が10歳くらい上なのにヤツにはそんなこと関係なしだったから、デビッドさんには申し訳ないけど関わらない様にしてたの。そういう自分のことが分かってたから出て行ったんだと思ってたんだけど、帰ってきたとはね」
「普通の人だったけど」
「いやらしい目つきで見られたんじゃない?灯は可愛いから気を付けないと」
その時、店の扉を開けて大柄な男性が入ってきたの察知したマールが急いで灯のもとに戻ってきた。
「え?Tall?」
※まぐろの腹身
赤身・中トロ・大トロが一緒になった腹側の塊




