*時は過ぎて===加筆・修正あり★重要
思ったより過ごしやすい夏が過ぎ、秋が来た。
マールは仔犬ではなくなり、今や盟約通り、立派な療法犬だ。
普段は、おばあちゃんと灯のそばにつかず離れずの間合いを取って、灯がたまに享のことを想いぼんやりしていると、すかさず寄り添ってくれる。
夜は、必ず、おばあちゃんのベッドの横に寝ており、おばあちゃんがお手洗いに起きようとすると、いち早く簡易ベッドの灯を起こしに行く。
こんな毎日は二人暮らしだった、おばあちゃんと灯にとって、癒しとなり助けにもなったのだ。
そんなある日のこと、テレビが壊れた。
「急に映らなくなったの。これからお楽しみの番組があるのに見られないのは困るわ。サンダース商会に電話してもらえる?電気屋さんに直して貰いましょ」
「そうだね、東京にいた頃Tallの家で使ってたテレビだから、そんなに古くないし見てもらおうね」
街の電気屋、サンダース商会に電話して修理に来て貰うことになってた。
思いのほか早く電器屋さんは来てくれた。
家の前で車のエンジンが止まる音がした。
マールが一瞬警戒するように唸り声をあげる。
「マール、電器屋さんだから大丈夫」
それでもマールは唸りはしなかったが警戒を解かないようだった。
灯が門扉を開けに外まで出て行き家の中に、電器屋さんを招き入れた。
「こんちは!サンダース商会から来ました。デビッドの息子のサムです。バーバラさんご無沙汰してました。お加減いかがですか?」
サムは気さくにバーバラに声を掛ける。
おばあちゃんはその顔をまじまじと見ながら
「あら、ちょっと見ない間に随分落ち着いちゃったみたいね。いつ帰って来たの?家業は継ぐ気はないんじゃなかった?」
「いやいや、なんだかんだで、やっぱり同じ電気工の仕事だったら、こっちの方が気楽だって、やっとこの歳で分かったんで親孝行も遅すぎですけどね」
「なんにでも遅すぎるってことはないわ。デビッドもマリーナが亡くなってから店をたたむかどうか悩んでたもの。あなたが帰って来てくれて安心したんじゃない?そういえばご家族は?もうお子さんも大きいでしょ?」
「あぁ、いや女房とは、うまくいかなくて離婚したんです」
「あら、ごめんなさい知らなくて」
「いやいや、いいんです、もう随分前の話なんで……で、修理するのは、このテレビですね?」
「えぇ、そうなの。電源入れても画面が付かなくなっちゃって、まだ、10年は使ってないから何とかなるかと思って」
「日本製ですね?だったら大丈夫かも。まあ、ちょっと見させてもらいますね」
「宜しくお願い」
灯はおばあちゃんと電器屋さんとのやり取りを聞いていて、いつもおばあちゃんの顔の広さに驚くばかりだ。
ビル夫婦以外にも郊外の農家の知り合いもいれば、街中に買い物に行けば、誰かしら必ず声を掛けてくる。知らない人がいないみたいだ。
そうこうするうちに、テレビは無事、画面が映るようになった。
「有難うございました。良かったら一息入れて行ってください」
灯がサムにソファにかけるように勧め、紅茶とクッキーを並べた。
「あぁ、すみませんね。気を遣わせて、じゃあ、せっかくだから一口頂くかな。あぁ。そうだ、他には調子の悪いものはないのかな?」
「えっと、大丈夫です。テレビはおばあちゃんの大好きなドラマのために、早く直してもらいたかっただけなので」
「もし、オーブンとかも火加減とか気になるなら見るけど」
紅茶を飲みながらサムは灯に話しかける。
急に外が暗くなり、どこか遠くで鳴っていた雷鳴が近づいてきて灯は怖くて震えてしまうがマールが寄り添う。
持ち直した灯はこう答えた。
「だ、大丈夫です。主人が、そういうところはマメなので」
「ご主人って、享かい?」
「あ、はい。そうです」
「へ~親父が言ってた、ベッピンの賢い享の嫁さんって、あんたのことだったんだな。でも雷はダメらしいなぁ。可愛いもんだ」
マールが更に灯の横に寄り添うように張り付くと、サムを凝視した。
灯もサムの自分を見る目つきに、少し嫌な気持ちになっていたが、大人の対応をしないと享が馬鹿にされると思う。
「今日の修理代はいかほどになりますか?現金ですか?それとも……」
「今日は俺も初めての営業だからね。サービスしておくよ。次の時からお代は頂くから」
「え?そんな困ります、ね、おばあちゃん?」
「いいんじゃない?サムがそういうなら」
「え?そんな」
「いいっていいって。日本製のテレビの中、見させてもらっただけでも面白かったからさ。じゃ、バーバラさん、またね」
「あぁ、有難う。ちょうど見たい番組が始まるところよ。助かったわ!気を付けて帰ってね。デビッドに宜しく伝えて」
「あぁ、言っておく」
あっという間に雷雲は通りすぎ、あたりはすっかり晴れ渡っている。
灯は釈然としないまま、マールをおばあちゃんのそばにいるように言いつけると、サムを送って玄関先に置かれている車までついて出た。
「クッキーも紅茶もうまかった。享は幸せもんだな。雷は苦手みたいだけど、こんなに可愛い嫁さんもらえて」
「いえそんな」
「初々しいなぁ」
持ってきた修理道具を後ろの荷台に乗せながらサムは、ずっとニヤニヤして灯の顔を見ている。
灯は少し怖くなってきたが、礼儀として見送るまでは家に戻ることもできない。
「あのさ、夜とかはどうなの?」
「え?」
「今仕事でこっちにいなんだろ?」
「帰ってきますよ。毎日ではないですけど」
「淋しくないのかい?」
ゴクリと喉がなる灯。
サムは、40代前半だとは思われるがワイルド系で顔は整っている。
髪の色はグレーがかった黒、見つめる瞳の色はグレー。
見つめられて一瞬、その目に引き込まれたような錯覚に陥り、灯は気が遠くなったような気がした。
その時、庭の方から回って走り出てきたマールが唸り声を上げてサムを睨みつけた。
「おぉ、怖っ!すげぇな、こいつ享みたいな目しやがって……じゃ、ま、帰るわ。からかって悪かったな。お嬢ちゃん。ははは」
サムはそう言い残すとそそくさと車で立ち去った。
灯は気分が悪かった。
こんなに変な気持ちになるのは初めてだ。
マールが猫のように、灯にすり寄ってきた。
「有難う、マール。お前が来てくれなかったら、倒れてたかも」
その時には本当に心から、マールの存在をたくましく思った灯だった。




