*大事な家族===加筆・修正あり
「わんちゃんには灯を守るだけじゃなくて、家族になって欲しいのよ」
「おぉ、そうか、まあそれなら、うちんとこのヤツはぴったりだ!子守もお任せだしな。先々代のじいちゃんがわざわざ、優秀なヤツがいるっていうのを聞いて、そこから譲ってもらった仔の子孫だから。サリーの旦那も、また従兄に当たる優秀なヤツらしいし」
「オーストラリアン・シェパードはね、まずは無駄吠えをしないの。危険を察知するのも敏感でね。この辺の畑のなりものを食い荒らすシカとかアライグマとか気づいて追っ払ってくれるのよ」
「すごい!」
「どう灯?私達に必要な家族じゃない?」
「うん!必要な大事な家族だね」
「どの仔がいいか、あなたが決めて」
「え?いいの?」
「もちろん、だから、ビルに一番にってお願いしたんだから」
真ん中に母犬サリーを囲むように、甘えている仔犬達のうち一匹が灯の方を見る。
灯はブルーマールの仔と目が合った。
オーシーの特徴的なオッドアイで左右の眼の色が皆違う仔犬だが、その仔の片方のブルーの瞳は享を感じさせるものがあった。
ブルーマールの仔犬は灯とおばあちゃんの家族になることになった。
バーバラは、お礼にと昨日焼いたローストビーフを持って来ていた。
灯は焼いていたのは知っていたが、いつ車に乗せたのか気づいておらず、これも驚きだった。
「たくさん野菜も、わんこを迎えるためのペットフードやらなんやらも買ってもらって、こんなに贅沢なものまで、すまないね」※1
「いえいえ、約束とは言え、全然来られなくて、こちらこそ長い間ごめんなさい」
「いやいや、そんなこと昔からの付き合いを見れば大したことじゃないさ。じゃ、今日のところは、そちらさんも、わんこを迎る準備が必要だろうから、明日の午後にでも連れて行くからさ」
「お手数掛けて申し訳ないけど、宜しくお願い」
「じゃ、また明日」
「お邪魔しました、宜しくお願いします」
灯が挨拶をし、車に乗り込むと本道に出て行くまでビルとマーサが手を振って見送ってくれた。
おばあちゃんが疲れたら大変だからと、他の買い物はせずに、その日はそのまま家に戻った。
「灯、今日は何を食べる気なの?」
「あるものごはん!」
「卵もビルさんのところで買えたから大丈夫」
「お昼はパンでいいよね?」
「えぇ、大丈夫だけど」
パンに今日買ってきた野菜をたっぷり挟み、家にあったハムを薄切りにしたサンドイッチとミルクティーを用意した。
「あら、このサンドイッチ、綺麗ね」
「え?」
「ほら切ったところが色とりどりになってる」
「ホントだ、綺麗にできた。でもごめんなさい。大きな口で食べないとかも」
「たまには大きな口も開けなきゃね」
バーバラはウインクした。
ご飯の後、おばあちゃんにはいつもお昼寝をしてもらう。
その間に、灯は仔犬を迎える準備をすることにした。
まだしばらくは離乳食のような柔らかい缶詰のごはんを計ってあげる。
計りと当分の缶詰は飼ってきた。
ご飯を入れる容器と水の容器、これはいつも新鮮なものを用意してあげないといけない。
食べこぼしがあるとせっかくのおばあちゃんご自慢の板張りの床が汚れるからと、容器を置く場所には、古くなったプレイスマット※2を敷くことにした。
眠る場所は昼寝はリビングはいいと思い、毛布をとりあえず一枚小さく畳んだものを窓際に敷く。
『お気に入りの場所ができるかもだから、移動すればいいか……夜はどうしようかな?』
このところ、夜おばあちゃんが必ずお手洗いに目が覚めるので、灯は最近、おばあちゃんの部屋に簡易ベットを享から送ってもらって、そこで寝ていた。
『あの仔も最初は、きっとママが恋しいだろうから、一緒に寝るかもな』
おばあちゃんがそんなことを前々から、灯のことを考えていてくれていたことが嬉しい。
だが、それと同時に『まさか』という気持ちも湧き上がる。
達志からも享からも何も聞かされいない。
一週間に一度、係りつけの医師が往診に来てくれるが、おばあちゃんは同席させくれなかった。
もしかしたらまさか……灯の気持ちの中に一点暗い影を落とした。
その日の晩、久しぶりに享から電話が入った。
毎日ではないが、こまめに呼び出された仕事先からも夜の九時頃には電話を入れてくれていた享。
ただワシントンの事件解決後は、国中のニュースとして取りあげられたせいなのか、あちこちからオファーが寄せられ、むしろ仕事を選ぶほど忙しい毎日らしく入電がない日が続いていた。
しばらくして本当に久しぶりに享から電話がかかってきた。
「もしもし、灯?」
「Tall?ワシントンの事件解決おめでとう。おばあちゃんが嬉しがってた。享が解決したって」
「あれは、もうとっくにアレックスがプロファイリングしてたのに、本部がプライドが高くて依頼してくれなかっただけで……本当に無駄に犠牲者を出した事件だったよ」
「そうなんだ」
「ワシントンでは連続黒人女性の殺人事件として、白人至上主義者の犯行って完全に思い込んでて、白人の男しか眼中になかったんだ」
「そういえば、結局、黒人の男の人が犯人だったんだよね」
「そう、その犯人の手口からは、白人男性がというよりも幼少期に何らかの女性に対する嫌悪や憎悪を感じるものの方が色濃く出ていて、アレックスはもともと三十歳くらいの黒人男性を疑っていたんだ」
「嫌悪?」
「そう、女性に対するね」
「幼少期ってことは……」
「あってはならないことだけど、男性関係にだらしがない母親に対する憎悪だった」
「そうなんだ」
「あ、ごめん。こんな話して人間不信になるよね」
「ううん、大丈夫。あり得ないってニュースでも言ってたし、アレックスさんの著書だって読んだもん。私も犯罪心理学には興味あるし」
「それでも灯には、これには詳しくなって欲しくない……この話はさ、本当に本部がどうとか、地元警察のいらないプライドが長引かせた要因だと思うと、ちょっとやるせなくて愚痴っちゃったんだ。ごめんね」
「愚痴をきくのも妻の役目でしょ」
「え?」
「ん?違う?」
「いや、そんな風に言われたら、たまらない!今すぐにでも会いたくなる」
『いつまでこんななんだTallは?外見と中身が違いすぎるよね』
「灯?」
「何?」
「今、何考えてたか当てようか?」
「え?プロファイリング?」
「いつまでこんなこと言うんだって思ったよね?」
「え?!」
「やっぱり……僕はいつまでも言うよ。一緒にいるって約束したのに仕事のせいだ会う暇さえないんだから」
「お風呂は入ったの?」
「まだ」
「じゃ、早く入って、早く寝て」
「もう少し話したい」
「明日も仕事でしょ?報告書とか新人が纏めるんじゃないの?」
「そんなのもう終わらせた」
「え?たくさん事件抱えてるみたいに聞いたけど、そんな早くできるもんなの?」
「僕のこと誰だと思ってんの?」
「あぁ、ごめん。天才だったね」
「違うよ」
「え?じゃ何もの?」
「灯に会いたい、ただの男だよ」
「私だって……本当は会いたい。話したいことだってたくさんあるし」
「灯……」
「でも、もう、おばあちゃんと寝ないと、じゃまたね」
「おい灯……ちょっと」
「おやすみ」
「……切られた……僕の奥さんは本当に照れ屋さんなんだから仕方ないよな」
電話を切った方の灯も本当だったら甘い新婚生活を描いていたが、おばあちゃんのことを放っては置けない。
そんな自分のことを好きだと言ってくれる享にだから出来ることだった。
※1当時の大きな農場は何でも屋で、花の種や野菜の苗、ペットにかかわる全ての品物を取り揃えていた。
※2プレイスマット
1980年代アメリカでいうところのランチョンマットのこと




