*享と達志の内緒の話
帰りの車の中。
灯が帰り際に涙ぐむのを見て享は本当に辛かった。
一緒にいられない距離感。
『何故僕はあの時、ニューヨークの法律事務所からの誘いを断ったんだ。まだニューヨークの方がレキシントンに近いし、しかもアソシエイト弁護士だ。繁忙期以外、土曜の午後にはもう仕事をする奴なんていない。日曜は完全に休みなのに』
おばあちゃんのことを見過ごせる様な灯じゃないことは分かっていたのにと、誰でもなく自分が面倒を見たいと言い出す事もあり得る話だと分かっていたのに。
もっと犯罪者の深層心理を知りたいと思った自分を責める。
その時、達志が話しかけて来た。
「おい、今回のあれ、どう思う?」
「どっちの話?」
「親父の話だ」
「そっちか」
「灯のことを気に入ったのは分かるが、あれはズルい」
「確かに」
「僕は一度、弁護士として話し合いは必要だと思ってるんだが」
「じいちゃんは話しても理解しない」
「え?」
「実践あるのみだ」
「享?どうする気なんだ?」
「とにかく、まだ僕は新婚らしい生活もしてないし、灯に子供を産ませる気はない」
「そうか、まあそうだろうな」
「僕はどう考えてもローレンスだ」
「え?継ぐ気か?」
「考え方の話だ」
「そうだ、お前、親父に国際個人投資家だってバレてるぞ」
「だと思った」
「どういうことだ」
「それこそがローレンスっぽいってことなんだろ?」
「でも、親の僕から見ると、知識欲についてはウィスロップが上回ってる気もするが」
「学者にはなりたくない」
「そうなのか?犯罪心理学者になるもんだと思ってたが」
「あれは学問じゃないよ……闘いだ」
「そうか……」
「じいさんには、とにかく灯と直接話さない様にだけ、釘刺しておいてよ」
「あぁ、分かった」
「そう言えばワシントンの連続殺人事件どうなってんだ?」
「あぁ、あれか……本部としては、行動分析課が最近メディアに取り上げられるようになって意地になってるみたいだな」
「やっぱり……全く、違う犯人を探してるって分かってないのか?」
「そうか、もうアレックスは辿り着いてるんだな?」
「とっくだよ……呆れてものが言えないね」
「行動分析課が、どうやら陽の目を見る日が来そうな今だからこそ、邪魔するのかもな」
「陽の目を見る?」
「地下からの脱出だ」
「え!地上階に執務室が移るってことか?」
「この夏あたりには、って話だ」
「うわー助かるなー!もうタバコ臭いし、空調は効かないし、どうにかなるかと思ってたんだ」
「でも、まだ、これはオフレコでな」
「おぉ、了解」
「しかしさ、お前達夫婦二人は、いつでも自分達を優先しないんだな。恐れ入るよ」
「それは……灯だからだよ」
「あかりんだから?」
「あの子の気遣いは、果てしない……交差点を渡る見ず知らずのお婆さんですら見過ごせないんだ」
「天使だな」
「そう天使だ……でも、その愛をあまりにも誰彼構わず振り撒くから……僕はヤキモチ妬きだと思われてる」
「それは、本当にヤキモチだと思うがな」
「父さんはわざとそう仕向けてんだろ」
「神童と呼ばれた息子をオロオロさせるのが面白いんだよ」
「バカにすんなよ」
「天才をバカに出来るか?」
「もう、バカにしてる」
「とにかく、お前達は可愛い」
「どういう意味?」
「素直にお互いを必要としているのが、よく分かる。灯はお前のことを想って親父の話を飲み込もうとした訳だし」
「あぁ、そうだね」
「灯は本当にお前のことを愛してるんだな」
「僕の方が百倍……いや何千倍も愛してるのに、灯はどっか冷めてるんだ」
「そんなことないだろ?」
「何で分かる?」
「聞こえない訳ないだろ?」
「え?」
「夜はもう少し静かにしてくれよ。これでも独身男なんだ……しんどいぞ」
「……え?」
「あそこの夜は静か過ぎるからな」
「うわー父さんに、そんな事言われるなんて、恥ずかし過ぎる……」
「お前がうるさい」
「え?」
「囁きになってないぞ」
「嘘だろ」
「いや、愛してる、愛してるって」
「もー!やめてくれ!分かったって」
「なんにせよ、僕ら似たもの同士だな。愛する人には、どうしても尽くしてしまうらしい」
「あぁ、そうだね」
達志も享もハイウェイを走る車窓から、それぞれの気持ちを寄せる女性に思いを馳せるのだった。
「そう言えば……灯が最近おばあちゃんの体調が良くなったって言ってたんだけど……」
「そうだな、顔色もいいし、心なしか表情が穏やかになった気がする」
「快復の兆しなのか?」
「いや、それは……」
「やっぱり、心臓自体は弱ってるんだね」
「主治医の話だと、そういう事らしい」
「灯が喜んでたから……急に何か起きたらと思うと」
「あり得る話ではあるからな」
バーバラおばあちゃんは心臓が悪い。
数年前から狭心症を患っていて、投薬と無理をしないと言う生活をし、何とか小康状態を保っていると言う毎日だった。
そのことは享はもちろん達志からも灯には話せていなかった。




