*享の想い
「あ……灯?それってまさか?」
享が思いついた様に灯の涙を親指でぬぐいながら言った。
「ウィンスロップとローレンスのことだね?」
灯は驚いた様に享の方向いて頷いた。
そしてこう続けた。
「だから、私、早く赤ちゃんが生みたいの」
おばあちゃんが慌てたように話し出す。
「灯、あれはただの恒例行事のようなもので、言い合うのが楽しいだけなのよ。あなたがそんな風に思う必要はないの」
「そうだよ、灯。元はといえば、僕がどちらも選べず”横溝姓”に逃げたのが事の始まりなんだから、考えなくていいんだ」
達志も慌てて付け加える。
「でも、これは大事な話です。それぞれの由緒正しいご苗字が絶たれるようなことがあったら、ご先祖様に顔向けができません」
「「えっ???」」
まさか、こんな幼い風貌の灯から、そんな言葉が出ようとは、バーバラも達志も思わなかったようだが、享は違った。
「僕の子供だからという話は、とにかく……灯の赤ちゃんだとすると相当可愛いだろうから、女の子だけは生んで欲しくないな」
「は?」
「嫁に出すのは無理だ」
「Tall……何言ってんの?そんな話してるんじゃないよ」
「いや、重要な話だ」
「享、分かった!そうだな!それはかなり重要な案件だ。……という訳で、灯、悪いがこの話は預からせてもらう。さあ、享、もう出ないと、あっちに着くのが遅くなる」
「そうだね、父さん。初めて話が合った!もう出よう!」
「ちょっと、あの……」
「灯、おばあちゃんのこと頼んだよ。享よりも多分、僕の方が時間に融通が利くから、近いうちにまた来るからね」
「おい、今、話が合ったと思ったのに、もうそれか!」
「先に運転は僕がするから、二人でちょっと話でもしてきたら?」
「え?いいの?」
「また、しばらく会えないだろ?」
達志の言葉に素直に頷いた享は、灯の手を引くと部屋に戻った。
ドアを閉めると享は灯を抱きしめる。
「灯、ごめん。そんな風に考えてくれてたなんて思いもしなかった」
「余計なこと言っちゃったのかな?」
「まさか、驚いただけで、おばあちゃんなんて今頃、きっと嬉し泣きしてるよ……僕も考えてなかった訳じゃないけど……このことは一人っ子同士で結婚した、うちの両親の問題だし」
「でも……もうパパは再婚とか考えてないって言ってたし」
「だからと言って、僕達が責任を感じることはないんだよ」
「でも、お義祖父様は、私のこと可愛い豪快な嫁って言ってくれて嬉しかったから」
「だからって、何かの役に立とうとか思った訳じゃないよね?」
「……」
「灯、じいさんの言うことは半分にして聞くくらいで、ちょうどいいんだよ」
「え?」
「なんだかんだで、会う度にローレンスとウィンスロップって話になるけど、あれはちょっとしたお遊びなんだから」
「遊び?」
「で、なきゃ、父さんが横溝のままな訳ないでしょ?」
「え?でも……」
「ウィンスロップは、ともかく、ローレンスに戻らされてないでしょ?」
「でも……」
「まあ、灯はじいさんに気に入られたのだけは確かだけどね」
「え?」
「可愛いから、からかわれたんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ、だから心配しないでいい」
「ん……でも……」
「それより、またしばらく会えない夫に何か言うことないの?」
「え?」
「口より行動か?」
享は灯をさらに抱き寄せると、いつも以上に力のこもった口づけをする。
そして、お願いとでも言うように灯の耳元で囁いた。
「灯、僕達、まだ若いんだから赤ちゃんのことは、もう少し後にしたいんだけど」
「……でも……」
「でもは無し」
そしてまたキスを交わす。
灯はこのまま時間が止まればいいのにと思う。
仕事がいつ依頼されるか分からない享の身体の心配しつつも、つい言葉に出してしまう。
「次はいつ会えそう?」
「ワシントンの事件は知ってるよね?」
「うん、連続殺人でしょ」
「あれの依頼が来ないんだ」
「え?なんで?」
「さあ、FBI本部のお膝元だからなんだか……こっちに依頼するにはプライドでも邪魔してるんじゃないの」
「それが今一番の事件ってこと?」
「まあ、そうかもね」
「でもそれじゃ、いつ呼ばれるか分からないってことでもあるってことだよね?」
「そうなんだ、さすが灯、勘がいい」
「こっちに来るだけでも大変なのに……ごめんね、次はいつなんて聞いて」
「聞いてくれない方が淋しいよ」
「え?ホント?」
「当たり前でしょ」
灯の顔がほんのり赤くなったのを見て、享はまた灯のことを抱きしめる腕に力が入った。
「このまま連れて帰りたい」
「ごめんね、Tall」
「結婚したのに……」
「おばあちゃん、最近、顔色良くなって、お買い物も一緒に行きたいって」
「そうなんだ!元気になってきてるんだね……灯のお陰だ」
「だから、もう少ししたらスタッフォードに帰れるかもしれないよね」
「そうだね」
実はバーバラの身体のことでは灯には話してないことがあった。




