*跡継ぎ問題?
真っ暗な部屋に戻ると享は灯を抱きかかえたまま、後ろ手で鍵を閉めた。
「灯」
「ん?」
「なんであんな無茶したんだ?」
明かりをつけないまま、享は窓際に置いてある小さな一人がけのソファに灯を大事そうに下し、その横に膝まづいて、月明かりに照らされた彼女の顔を伺い見る。
「気が付いてくれたんでしょ?」
「え?」
「Tallなら分かってくれると思ったから頑張っちゃった」
「まさか……」
実は、スタッフォードの自宅で夕飯を一緒に食べた時、ワインを開けた享に「初めてお酒飲むんだ♪」と灯が言ったので驚いた。
「今まで飲まなかったの?」
「ん、まあ、ゼミコン※とかあったけど、相棒だったからね」
「……そうだったんだ」
「え、でも、それは私が勝手に決めてたことだけど」
「じゃ、今日が初めてのお酒体験なんだね?」
「うん、ちょっと嬉しい。しかも、ワインなんて、いきなり大人な感じだし」
「飲みやすい甘口のロゼだけど、だからと言って一回にたくさん飲んだらダメだよ。ワインは後から来るから」
「分かった!」
「でもやっぱり、ここはコーラにしておこう。寝る前にちょっとだけワイン飲もうか」
「ううーん、そうだね。お風呂もこれからだし……じゃ、そうする」
風呂上り、享が灯の髪を乾かし、寝る前にお喋り楽しみながら、チーズやチョコレートやナッツをつまみに飲むのは灯のペースに合っていたようで、具合が悪くなることはなかった。
もちろん享の方が多め飲んだのは言うまでもないが、初めての割には灯もいける口だったらしく、少し顔に赤みが出ていたが何も変わらない雰囲気だ。
が、一転、そろそろ片付けを一緒に始めようと話した時だった。
先に席を立った灯は自分から、まだ椅子に座っている享の膝の上に乗り、両手を享の胸に置くと、その瞳を見つめる。
その大きな瞳が潤んで見えて、享は言葉が出ない。
「Tall、好き」
『え?どうした灯。いつもとちょっと違うぞ……色っぽい?』
「Tallは私のこと好き?」
「好きじゃない」
「え?!」
驚く灯に笑いかけながら
「愛してるんだ」
「もう!驚いた……イジワル」
「灯?」
「ん?」
「いつもと違う女みたいだ……」
灯の潤んだ瞳に吸い込まれるように享は彼女にキスした。
「何だかおかしいの……」
「具合が悪い?」
「ううん……違う」
「じゃあ、どうしたの?」
「聞かないで……」
享は灯の気持ちを察して彼女を抱き上げるとベッドルームに連れて行った。
その夜の記憶が戻った享。
「そうならないうちに助けろってことだったのか?」
「正解」
「全く、あんなに飲めるなんて驚きだよ」
「もうちょっと飲んでたら多分この前みたいになっちゃったかも」
灯は笑った。
享は気が気ではない。
「誰にでもじゃないよね?」
「もちろん、そんなの……Tallだけに決まってる」
「もう、心配させないでくれよ」
「でもあれでお義祖父様の気は済んだかな」
「最後にヒゲを拭かれたのに、殺れたみたいだった」
「あ、あれ?」
「飲んで赤くなった顔が更に赤くなってたよ」
「あれれ、そうなんだ。余計なことしちゃったかな?」
「いや、あれでもうしつこくはしなくなるさ。なんせジョッキ2杯飲み干したキティだからな」
「なんか皆さん揃いも揃って、なんで私のこと”子猫”って呼ぶの?」
「何言ってんの?可愛いからに決まってんでしょ」
「え?可愛いってこと?」
「僕だって言っていいなら、僕の子猫ちゃんって呼びたいくらいだよ」
「Tallが?ふふふ」
「なんで笑うの」
「だっておかしいよ、ははは」
灯が笑い転げる。
『笑い上戸なのか?』享はその様を見て、本当に心から可愛い”僕の子猫ちゃん”と思っていた。
その頃、庭先では、先ほど由美子が灯に話していた、ちょっとした論争勃発。
「享夫婦にはローレンスを継いでもらわにゃいかん!」
「享はウィンスロップの方が性に合っていると思うの」
今、スチュワートとバーバラが跡継ぎ問題に関して竜と虎のようにお互い一歩も引かない状況だった。
達志の父スチュワートの実家は実業家一家、その歴史も長く継ぐべき潤沢な資産を持っている。
一方、メグの実家も、同じ話の繰り返しにはなるが、やはり学者の血筋。
識者の中では、それも高名な名家の出だ。
そんなしがらみが嫌で達志は自身もマーガレットも一人っ子だったこともあって、達志の母方の日本姓を名乗ることにしたのだ。
それが次世代に影響を及ぼすとは、その時若かった達志は何も考えていなかった。
「おい、スチュワートJr.」
「はい」
スチュワートJr.は達志のアメリカ名だ。
「お前はもう嫁を娶る気はないのか?」
「何を急に!あるわけないだろ!僕はメグ一筋なんだから」
「そうか……ほんじゃ、やっぱり享夫婦に託すしかないだろ、俺の資産は」
「なんとかするよ」
「弁護士もどきのお前に任せられるかっ!」
「親父、とにかくその問題はまだ早い。まだ若い享達を巻き込むのはやめてくれ」
「あのキティがローレンスの跡取りを生むと思ったら嬉しくってな!ここは早めに決着をつけたいんだが」
「そうよね、私もそう思うわ。享も灯もとってもいい子!だからこそウィンスロップを継いで欲しいの」
「ちょっと待って!とにかく、達志がなんとかするって言ってんだから、あの二人はやっと夫婦になったばかりなのに、こんな話に巻き込んだら可哀そうだわ。戻ってくる前に、この話は又にしましょう」
”旧姓横溝である”今まで黙っていた由美子が口を開くと、一同考えるところがあったのか静かになった。
※ゼミコン
同じゼミを履修する仲間内で行われる意見交換会、いわゆるコンパと呼ばれる飲み会のこと。




