第99話 様々な思惑
ブランドがギークに関することで忙しくしている間にその裏ではいくつかの陰謀が進行している。
オーギュストが次の衛士団長にはぜひブランドをという上申書を出すように各方面に働きかけていた。
この1年間のブランドの活躍はめざましいものがある。
魔女の実の発見と一掃、それを狙いにきた者たちの逮捕、祭の夜の騒ぎとそれにより派生した脱走、その再逮捕など枚挙に暇がない。
大きな事件ではなくちょっとした困りごとへの手助けもいくつもあり、それに関しても町の住人の感謝の声も多数である。
オーギュストの運動は好意的な反応をもって受け入れられた。
その活動はベアトリスに対しても行われる。
衛士団長室を訪れたオーギュストはまず本人に強い留任の意志があるかを問うた。
「通例通りに1年で離任されるのでしょうな? まあ、お父上の意向もおありだろうが、ベアトリス殿としてはもう1年ここで過ごしたいという気持ちをお持ちかな?」
この質問は聞きようによってはなかなかに刺激的であった。
気になる男がいるから近くに居られるよう残留を希望するのか、というように取られても仕方がない。
確かに遠く離れれば色々とリアクションしづらくなるのも確かであった。
ただ、ベアトリスは先日の手紙に対し父親から少し待てという返信を得ている。
これが意味することはベアトリスの希望を検討するということだった。
拒否ならすぐにその旨の返信が来ているはずである。
また、同時に離任の準備をしておくようにとの連絡ももらっていた。
この状況なら慣例に反してまで留任を希望する理由がない。
「衛士団長の職務は学びも多いですし刺激的ですげど、物事には決まりがありますものね。横車を押すような真似をするつもりはありませんわ」
「それでは後任者についてのお考えはお持ちですかな?」
「トールハイムを離れる私があれこれ言うのもおかしいでしょう」
この発言も道理であった。
職を離れたのに影響力を保持しようと息のかかった者を後任に推すというのはよくある話である。
衛士団長というのはその手間をかけるほどの顕職ではないが、それでもそういうことをする場合がなくはない。
オーギュストは笑みを浮かべた。
そういう潔癖さは賞賛に値する。
「それはそうですな。では、町の人々が希望する方についてベアトリス殿の同意を頂けますか? 第1隊長のブランド殿なのですが」
「私の同意が必要でして?」
「それでは率直に申しましょう。ブランド殿に対して次の衛士団長への就任依頼を受けてもらえるように理非を説いていただきたいのです」
「その方がトールハイムのためになると?」
「そうです。個人の思いよりも大義を優先するようにということを現役の衛士団長の立場で言って頂ければと思っています」
シャーリーもベアトリスもブランドと結ばれるためには事前に衛士団長に就いてもらい箔をつける必要がある。
この点では2人の利害が一致していた。
「まあ、地元の推薦がないとまた誰かが遠方から送り込まれてくるかもしれないですね。私が言えた立場ではないですけど」
「2期連続ということはあまりないと思いますが、例が皆無とは言えないですな。ただ、トールハイムでは立て続けに色々とあったので慣れない方には難しいポストでしょう。そこを加味すると……。いや、打てる手は打っておくべきです」
ベアトリスが送り込まれてきたのも、トールハイムが治安が良く落ちついているとの世評による判断である。
昨年の事件からすれば箔付けのために貴族の若者を送り込むには少々不安があった。
「いいだろう。ブランド隊長の内諾は得ておく」
「ありがとうございます。これで私も執政官に話を持っていきやすくなりますよ」
オーギュストが退出した後、ベアトリスは早速ブランドに話をしようとする。
「お呼びでしょうか?」
やってきたブランドはドラマタを連れていなかった。
ベアトリスは本題に入る前にそのことを質問する。
「ドラマタはどうした?」
「処分するはずだった水晶玉を気に入ったようで飽きもせず遊んでいます」
「そうか。ところで今日呼んだのはブランド隊長の今後についてだ。隊長を団長にという声があってね。それについて私も受けるべきだと思う。仕事ぶりを見ているとブランド隊長は団長としても十分にやっていけると考えているんだ」
それから諄々と受けるべき理由を説明した。
黙って聞いていたブランドだったがもちろんすぐに首肯することはない。
色々と理由を並べる。
しかし、今日のベアトリスは粘り強かった。
「これだけ多くの町の人の期待を裏切るのか? ブランド隊長は有為の若者が自信がないと尻込みするのをそのままにはしないだろう? 今後、そういった若者に顔向けができるのか?」
熱弁を振るう。
少し考えさせてください、と引き下がったブランドはその翌日、思いあまってイライザの意見を聞いてみた。
「これについては団長に完全に同意ね。あなたは遠慮しすぎよ。それに子供たちがあなたの背中を見ているんだからね。そのことをよく考えて」
この子供の中には幼き頃のイライザも含まれている。
昔から責任を果たそうと奮闘してきた若き衛士も今では中年になっていた。
そろそろ、より大きな役割を果たしてもいい頃である。
騎士団に所属しているシャーリーは仕事での絡みがなく、ブランドの背中を直接押す機会には恵まれない。
ただ、何かと声をかけてくるノートンとの話題にすることはできた。
ノートンは第1隊に属しているし、副隊長格なのでブランドと話をする機会も多くある。
シャーリーに首ったけではあったが、自分の隊の隊長を敬愛することは変わらない。
何かのついでに衛士団長の就任の話が出たら断らないようにと話をした。
ブランドが好むと好まざるとに関わらず、いつもに比べてもより熱意を持って外堀が埋められていく。
ベアトリスが着任してもうすぐ1年を迎えようというある日、ベアトリスは待ちに待った手紙を受領する。
父親のコロンナ侯爵からのものだった。
期待と不安を相半ば抱きながら開封してみるとベアトリスの提案を入れる形で検討するとの返事である。
また、離任の日が内示されていた。
ベアトリスは大いに喜び、街中の巡察に同行するようになる。
有終の美を飾りつつ、ブランドとの時間を増やすことができるという一石二鳥の手であった。
そして、トールハイムから離れた場所ではオラストン伯爵の元配下である数人が追跡の手を逃れて復讐の機会を狙っている。
ある人物に狙いを定めて凄腕の助っ人を雇うことにも成功していた。




