第100話 花冠と花束
その日は朝から鳥が騒がしく鳴いている。
しかも何かいつもと違う鳴き方で人の耳に少し不快な感じだった。
従卒のフランセーヌはベアトリスの身支度を手伝いながら不吉な予感に捕らわれる。
人は何かにつけ様々なものに勝手に意味を見出すものであった。
それが知性というものかもしれない。
ただ、なんの根拠も無い事なのでその不安を口に出すことは憚られる。
その日の午後にフランセーヌはそのことを深く後悔することになった。
あの時私がと、思っても後の祭りである。
なにしろ主はご機嫌だった。
ローテーションがあるし、夜間の巡視に同行するのはやりすぎなので連日とはいかないがブランドと共に街中を見てまわっている。
事件に遭遇するわけではないが、何かしらの困りごとをブランドが解決するところを目撃していた。
町の人々が向ける信頼のまなざしが誇らしい。
もう少しすれば、そんな立派な男が自分の夫になるのである。
きっと領内を精力的に見て回って領民から同じような視線で見られるに違いない。
「新しいご領主の婿殿は良い方じゃのう」
「いや、本当にご領主も果報者じゃて」
「お似合いのご夫婦だなあ」
「きっと素晴らしいお世継ぎができるに違いない」
こんな声があがるだろうことを想像していた。
んふふふふ。
フランセーヌに髪の毛をとかしてもらいながら幸せな笑みを浮かべている。
そんなベアトリスも身支度を終えフランセーヌを連れて官舎を出る頃には表情をきりりと引き締めていた。
あと一歩というところまで来ているので気を緩めるわけにはいかない。
衛士団の詰所に到着し、団長室でいくつかの書類に署名をしたり書類仕事に精を出した。
午後になると、午前中の巡察が終わり一度詰め所に戻っていたブランドのところへ行く。
「今日もよろしく頼む」
「団長、了解しました」
「んにゃ」
ドラマタは遊んでいた水晶玉を放り出すとブランドによじ登った。
その様子を見ている第1隊の衛士たちも以前のように妙に畏まってはいない。
ベアトリスのいないところでは団長も熱心だよなとはこぼしていたが、心から迷惑がっているということも無かった。
「何事も慎重に。団長があまり出歩かれるのもどうかと思いますが……」
副団長のホーソンが顔色をうかがいながら進言する。
ある意味でこの官僚的な男もブレがない。
リスク回避というか責任回避に思考判断が偏りがちだった。
ベアトリスはそれを怒鳴りつけたりはせず余裕の笑みを見せる。
「そうだな。しかし、私は率先垂範を旨としている。副団長も上を目指すなら覚えておくといい」
これはこれで痛烈な批判と取れなくもないのだが、ホーソンは恐懼するそぶりもない。
「なるほど。余計なことを申し上げました。お許しください」
ベアトリスは苦笑をこらえながら頭の隅でちらりと考える。
もしホーソンが衛士団長になったらトールハイムの衛士団の業務に支障が出るのではないか。
実際、ベアトリスがブランドとフンボルトを連れて都に旅立った時は第3隊長のイライザに負担のしわ寄せがいっていた。
ホーソンは絶対にトップにしてはいけない人物である。
ブランドがベアトリスの婿になれば後任の衛士団長を決めなくてはならない。
そこまで面倒を見る責任はベアトリスには無かった。
ただ、トールハイムの治安が乱れればブランドは気にしそうである。
待てよ。
そもそもブランドがトールハイムの町を離れることを承諾するだろうか?
強権を発動すればブランドから衛士の職を取り上げることは難しくはない。
ただ、それでは夫婦の仲にひびが入りそうである。
何か手立てを考えなくてはならないな。
真剣に考えるべきであったが、脳裏に浮かんだ夫婦という単語にベアトリスは甘い気持ちになった。
町の人々と挨拶をかわしながら巡回の一行は進んでいく。
さすがにベアトリスが一緒ということで、いつもなら気安く話しかけてくる人々も会釈をするだけで寄ってはこない。
そして、いつもならそういう遠慮はしない広場で遊ぶ子供たちも今日のところは声をかけてこなかった。
不思議に思いベアトリスが見回すと子供たちを束ねるトマスの姿が見えない。
そのために子供たちはあちこちでバラバラになって遊んでいた。
ブランドが子供たちの1人に声をかける。
「アリス。トマスはどうしたんだ?」
「隊長さん。えーと、トマスは孤児院に行ってます。なんか今日は1人で行かなきゃなんねえんだとか言って」
トマスの取り巻きの1人であるアリスはつまらなさそうだった。
「それで今日はあまり盛り上がってなくて」
「そうなのか。邪魔して悪かった」
そんな話を聞いたのでブランドの足は自然と孤児院の方へと向かう。
途中で子供を連れた女性と出会うとブランドはしゃがみこんで子供の頭を撫でた。
「偉いぞ。ちゃんとママを守っているんだな」
「うん。隊長に言われた通りママと手をつないでいるよ。ボクがママを守ってあげなくちゃいけないんだよね?」
イライザが目撃した親子である。
母親も憑き物が落ちたような顔をしていた。
「ブランド隊長。その節はお世話になりました」
「バイバーイ」
手をつないでいない方の手をぶんぶんと振る男の子に手を振り返してブランドは巡回を再開する。
近くの建物から出ようとしていたルリギアは衛士団の姿を見て慌てて屋内に引き返していった。
ギークの事件がどうも自分の指示が曲解されて起きたことらしいことに気づいてからというもの衛士団の姿を見ると自然と避けるようになっている。
「ルリギア氏には嫌われてしまったようだな」
ベアトリスは苦笑をした。
「そうですな」
ブランドは何か後ろめたいことがあるのではないかと感じていたが、さすがにギークの事件の背後にルリギアが居たことまでは掴めていない。
今は様子見の状態である。
「ん?」
ブランドは不審の声をあげた。
その視線をベアトリスが追うと孤児院近くで表通りから路地に入ったところにトマスとミリーの姿がある。
やはり何か事件に巻き込まれているのではないかと考えたブランドが駆けだそうとした足を急に止めた。
ミリーは恥ずかしそうにしながら花冠を差し出す。
いつもの腕白坊主ぶりが影を潜めたように照れながらトマスはそれを受け取った。
「なるほど」
ひとりごちたブランドはその路地が見えない位置へと移動する。
ベアトリスは訝りながらそれについていった。
この恋愛に疎い男があの光景の意味を理解しているのか?
首を捻りながら歩いていると横合いから声がかかる。
「お姉さん、お花はいかがですか?」
継ぎの当たった服を着た12、3歳ぐらいの女の子が花束を抱えていた。
この花束を渡せばブランドの心にも響くかも。
そう考えたベアトリスはポケットを探りながら女の子の方に踏み出す。
「団長!」
突き飛ばすようにして2人の間にブランドが割り込んだ。
花がまき散らされる。
覆い隠していた花の間から姿を現した鋭い針状の暗殺剣の刃は血に塗れていた。




