第97話 良い衛士、悪い衛士
衛士団の詰め所に同行したイライザはそのままボディチェックを終えた犯人の取り調べにも同席する。
今から医者のところにいって行き違いになってもつまらないし、用が終わればブランドは詰め所に戻ってくるはずだった。
今日の担当は先日イライザを尋問した第4隊長である。
少々どころかかなり気まずいが同席を遠慮してくれと言えるはずもなかった。
まあ、衛士の面前で起きた現行犯であり、その衛士が同席するのは順当な判断である。
「で、誰の依頼でギークを狙ったの?」
イライザの問いにならず者は鼻で笑った。
「言うと思ってるのか?」
「そもそも、あんたが知ってるとは思ってないわよ。一応手順として聞いただけ。で、誰の仲介で請け負ったのか吐きなさい」
既に覆面を剥ぎ取られているならず者の男は唇を歪める。
話すつもりはないということを示していた。
「タフなプロは吐かないってわけね。ご立派なこと。だけど、分かっていないようだから教えてあげるわね。あんたは故殺ではなく謀殺の容疑がかかっている。ギークが死ねば死刑、なんとか命が助かっても実行に着手してるからたぶん死刑。もちろん楽には死ねないわよ。足の火傷が痛いと思うけど、そんなもんじゃないからね。というわけであんたの人生はもう詰んでるわけ。了解?」
「脅したって無駄だ。死刑が怖くてこんな仕事ができるか」
男はそう強がってみせる。
「あっそ。今の記録しておいて」
イライザは第4隊長を振り返った。
顔を元に戻すとならず者の男に冷え冷えとした視線を向ける。
「今の発言で故殺の線が消えたわ。まだ、ギークと喧嘩になってかっとなってやったと言い訳できたのに、自分でそのチャンスを潰しちゃった。なんというか、自分でカッコいい殺し屋を演出しようとしていてバカみたい」
再び第4隊長の方を向いた。
「こんな取り調べ無駄よ。さっさと死刑でいいじゃない。もうやめましょ」
「そうは言ってもですね」
第4隊長は眉を下げ取り調べの前面に出る。
「なあ、あんた。沈黙を守って得するのは誰だ? あんたにこの仕事を持ってきた相手と依頼人だろ? これから痛い目をみてまでも黙秘し続けようと頑張っても死刑だ。しかも、すごく痛くて苦しみが長続きする方法でね」
「笑わせるぜ」
イライザが机をバンと叩いた。
「舐めた口をきいているんじゃないわよ。舌を焼いてやろうかしら?」
呪文を唱えると男の目の前に小さな炎が浮かぶ。
第4隊長は慌てて袖を引いた。
「まあまあ。落ち着いてくださいよ」
ならず者の男の方に身を乗り出す。
「あんたの先輩たちはそうやって口を割らなかった男の中の男とか言われてるんだろう? だけど、騙されてるだけだから」
さらに優し気な感じに声のトーンを変える。
「今までの義理があるとか考えているんだろ? 分かるよ。だけどなあ、向こうはさ、はした金でいいように仕事を振れてるとしか考えてないんだぜ。使い捨てにしようとする相手に義理立てする意味ある? たぶんね、あんたに頼んだ人間、もうあんたのことなんてこれっぽっちも気にかけてないと思うよ。あんたが死刑になっても美味いものを食い酒を飲んで笑いさざめくだろうな」
イライザは机に手をついて身を乗り出した。
「もういいじゃない。現場を押さえたんだし、こいつは有罪。これ以上何を聞こうっての?」
いら立つイライザを第4隊長は宥めながら犯人に話しかける。
「何を証拠に、と思ったでしょ? さっきこの人が言ったことを思い出して。あなたはあなたに命じた人間に、しくじったときにどう言い訳をすればいいかすらも教えてもらってない。あなたが大事なら失敗したときのことも考えていたはずじゃないかな。いくら腕が良くても運が悪いってことはあるんだから。良く聞きなさい。私はあなたを救ってやれる。あなたに殺しを命じた人間のことを言うんだ。そうすれば悪いようにはしないから。ただ、あまり時間はないからね」
チラリと第4隊長が視線を向けるとイライザは机を蹴とばして取調室を出ていった。
ならず者の男の態度が少し変化し、第4隊長は苦笑いを浮かべる。
「彼女は気性が荒いんだ。あなたもこの程度で済んで良かったよ。この間も取締りの際に馬車を問答無用で半分吹っ飛ばしてさ。ああ、話が逸れたな。逸れたついでに」
小さな瓶を取りだしてならず者の前に置いた。
「痛み止めだ。足の治療の手配もできるだけ早く手配しよう。それまではせめて痛みだけでも無い方がいいだろう。さあ、彼女が戻ってくる前に早く」
入口を気にしながら第4隊長は急かす。
強がってはいても火傷の痛みがひどかった男は思わず手に取って薬を飲みくだし、第4隊長は空き瓶をしまった。
「これでしばらくは痛みに悩まされることないですむはずだ。あなたがやったことは許されることではないが、1番悪いのは殺しを依頼した人間だし、それを仲介した奴だ。私は蜥蜴の尻尾切りのようなことは好きじゃないんだよ。今夜はこれぐらいにしておこうか。ゆっくり考えなさい」
立ちあがるとならず者を牢へと入れる。
それからイライザのところへと行った。
お茶のカップを前にしながらふて腐れた顔をしている。
ジロリと第4隊長の顔を睨んだ。
それからため息をつく。
「何で私が悪い衛士役なのかしら?」
これ以上はないほどの適材適所と思っても第4隊長は実際に口にはしない。
今夜のこの状況では一線を越える危険性が高かった。
「現行犯逮捕の際に怪我をさせてますし……。いや、そのことは不可抗力だとは思いますよ。で、この方が自然でしょう? それに変に懐かれて邪な視線を向けられるよりはいいのでは?」
「そりゃそうね。それで良い衛士さんに口を割りそう?」
取調室でのイライザと第4隊長の振るまいは殊更に2人の間の対応の差を見せつけるためのものである。
イライザが悪い衛士であり、第4隊長が良い衛士を演じていた。
もちろん、この場合の良い悪いは尋問を受けている容疑者にとって都合が良いかどうかという意味でしかない。
ただ、話の展開上、悪い衛士役は粗暴で高圧的な態度になることが多かった。
まあ、イライザが適役なのは間違いない、というのはほぼ衛士共通の認識である。
ちなみにブランドは圧倒的に良い衛士役が多かった。
大好きな第1隊長と同じ役をやりたいイライザの気持ちは分からなくもないが日頃の行いが行いである。
第4隊長は肩をすくめた。
「イライザ隊長には密かにビビりまくっているのは明白なので、まあ落ちるんじゃないですかね」
「そう。ならいいけど」
面白くもなさそうな顔で聞いていたイライザは視線を上げるとぱっと笑顔になる。
第4隊長が振り返ると申し訳なさそうな表情のブランドが部屋の入口に佇んでいた。
「さっきは……」
ブランドが詫びを口にし始めるのをイライザは立ち上がりながら押し止める。
「いいのよ、そんなこと気にしなくて。あの状況では仕方ないわ。で、アイツの具合は?」
「意外と傷が深かった。先生の見立てでは今夜が山らしい」
近くに寄ったイライザがブランドの腕に手をかけた。
「きっと大丈夫よ。ブランドがすぐに医者に連れていったんだから。それじゃ帰りましょ」
促して部屋を出ていく。
第4隊長はあの態度が誰にでも出れば良い衛士役もできるんだけどね、と思いながら調書作成に取りかかった。




