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糸目の衛士隊長はお人好し  作者: 新巻へもん


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第94話 監視の輪

 イライザに色々な思いをさせたルリギアであったが、それなりの金銭的被害を受けている。

 単に借金の証文が焼けたというだけならそれだけだが、被害を訴えたがために債務者にもそのことが知れ渡ってしまっていた。

 そうなれば全員でないにせよ、証拠がないことを理由に借金の支払いを渋る人間は出てくる。

 そして、失火の責任を問われないために近隣に騒がせたことの詫びの品を配る費用もかかったし、イライザへの補償金を払ったことも業腹だった。

 冷静になれば、火災の原因といい、それを言い立てたことといい、すべてルリギアの自業自得である。

 しかし、この怒りや不満を誰かにぶつけなければ収まらなかった。

 

 明るいところに置くと幸運を呼ぶ水晶玉をというのは、早い話が隣国との戦いになるかもという不安感に乗じた詐欺商材である。

 ただ、ルリギアはこんなものに引っかかった自分が悪いとはならなかった。

 ルリギアなりに考えたところ、この責めを負うべきは水晶玉を売りつけた人間という結論になる。

 直接持ち込んだ者は余所者でとっくの昔にトールハイムを出ていき行方はようとして知れない。

 ただ、その片棒を稼いだ人間はすぐに見つかった。

 せこい稼ぎに精を出している小悪党ギークである。

 少しばかり痛めつけてやれという指示を出した。


 金貸しなんかをしていると強引な取り立てのために外部の後ろ暗いところがある人間との付き合いがありがちだった。

 ルリギアの父は衛士団に目をつけられては大変だとなるべく関係を断ち切るようにしていたが、伝手を頼れば連絡は取れる。

 ただ、間に人が入る形になったことで指示が曲解されてしまった。

 ルリギア様はたいそうお怒りであるからして、本当は殺したいほど憎んでいるに違いない。

 まあ、世の中にはこういう方向で無駄な忖度をする人間は存在する。

 依頼を受けたのはトールハイムの外の者だったが、今後の引き立てを期待して気合が入りまくっていた。


 それと、ターゲットになったのがギークということも影響する。

 妙に愛嬌があり憎みきれないところがあるが、やっていることはろくでもない事ばかりであった。

 非業の死をとげたところで悲しんだり、被害を訴え出る者もいなそうである。

 ろくでなしの仲間内のいざこざで殺されたんだろうとしか思われないはずだった。

 これが堅気の人間なら真剣に捜査の手も伸びるということも含めて計画を練らなくてはならない。

 少なくとも事故を装うという手間はかける必要がある。

 その手間も不要ということで、あっさりとギークの運命は決まった。


 当のギークは少し前にフンボルトに呼び出されて勤務時間外のブランドを監視する命令を受けている。

 なんで同僚の行動を探るのかということを疑問に思ったが、ライバルの弱みを握っておきたいという説明で納得した。

 立場的にもあれこれ聞き返せるギークではない。

 それに依頼を受けた瞬間に適当に見張って何もありませんでしたと報告しようと決めている。


 ギークにしてみれば恩義のあるブランドと単なる衛士隊長ではどちらにつくかなど議論の余地はなかった。

 それにブランドの脛に傷があると考える方がどうかしている。

 謹厳実直な衛士隊長に欠けているのは女心を解する能力ぐらいだった。

 依頼したフンボルト当人も何もないかもしれないがとも言っているぐらいである。

 これは小銭を貰えるし楽な仕事だなと取り掛かった。

 その後、殺しを請け負ったならず者がギークの見張りに着手する。


 ブランドは優秀ではあるが超人ではない。

 悪意なく見られている視線の1つ1つにまで反応はできなかった。

 そうでなくともトールハイムでは注目の的である。

 だから、ギークに見張られているということにすぐには気が付かなかった。

 ならず者は仕事を始めると当然ながらギークがブランドを見張っているということは認識する。

 ただ、この手の小悪党が誰かに命じられて衛士の行動パターンを把握しようというのはありがちなことであった。


 そして、ブランドは何度かならず者を視界のうちに捉えている。

 トールハイムの外の人間であり、何か後ろ暗いところがあるだろうということにはすぐにピンときた。

 老練の衛士隊長はすぐに怪しい男を追うようなことはしない。

 ごく自然に振舞うことにする。

 そして、怪しい男がギークを見張っていることを把握した。

 その過程でギークが自分を見張っていることについてもブランドは認知する。


 運命の日が訪れた。

 別にブランドは狙ってその日をセッティングしたわけではない。

 強化オーク討伐に派遣されて帰還してからイライザと非番の日が重なったのがたまたまその日となったというだけである。

 かねてから延び延びになっていたアマンダの店に2人で食事に出かけるという約束を履行した。

 日中にどこか別の場所で買い物なりなんなりのデートをしてからというようなスマートな日程ではない。

 夕刻に店の前で待ち合わせというストレートかつシンプルなお誘いである。


 まあ、お互いに独身で不規則勤務なので休みの日には色々とやらなければいけないことが多かった。

 それに加えてイライザの方は準備に時間がかかる。

 昼食もそこそこに大浴場に出かけて念入りに体を磨いた。

 普段は頼まない産毛処理の施術も受けている。

 これは蜂蜜や香油、ハーブなどを入れて練った小麦粉を肌に張り付けて剥がすというものだった。

 自分で触れてみてもつるつるすべすべのお肌にイライザは満足する。


 家に帰ると準備してあった下着を身につけた。

 全身の映る姿見の前で前後を入れ替え体を捻ったり伸ばしたりと様々なポーズを取るのに忙しい。

 これならいける。

 具体的にはどんなことが起こるのかは分からないが、ブランドと2人きりになった時に自信を持って接することができそうだった。

 これまた新調したドレスを身にまとう。

 長袖のドレスの方は体にぴったりとしたモスグリーンのものである。

 飾りはほとんどないが、自然に垂らしたイライザの燃えるような髪の毛の色が良く映えた。


 今日は長く歩くわけではないので香水をつけるのはやめる。

 アマンダの作る料理は香りでもお客を楽しませるものであり、香水は邪魔でしかない。

 ちょっと考えてハンドバッグに短剣を忍ばせた。

 今日はデートであるが、何かあった時に寸鉄も帯びていないと困る可能性がある。

 ブランドは今日も剣を帯びているだろう。

 イライザの惚れた男は衛士でありいついかなる時にも備えていることを自らに課していた。

 その横に並び立とうという以上はその流儀に従うまでである。

 ハンドバッグを手にするとイライザは期待を胸に家を出ていった。

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