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糸目の衛士隊長はお人好し  作者: 新巻へもん


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第93話 3人の隊長

 特別休暇が終わり出勤したフンボルトはイライザの受難とブランドの活躍を聞いてチャンスを逃したことを大いに反省する。

 ここはイライザを苦境から救い出して将来に向けてアピールしたいところであった。

 ただ、詳細を聞いてみるとブランドにしかなしえなかったことだと考えを改める。

 シャーリーに協力を依頼し、二の足を踏むベアトリスを引っ張り出して現場検証をするとなるとフンボルトには難しそうであった。


 その後、密かに観察していると出勤してきたブランドはイライザにごく普通に接している。

 自分の功を誇るでもなく、大変だったなと声をかけていた。

 衛士として当たり前のことをしただけで、イライザを助けるために奔走したというわけでもないと言わんばかりである。

 さすがにその態度はそっけなさすぎるのではないかとフンボルトは思ったが、当のイライザはいつも通りだった。

 

「そうね。だけど牢で1晩過ごさなくて済んだのは助かったわ。やっぱりあんまり快適じゃないものね。まあ、中にいるときはルリギアにどうやって仕返ししてやろうかって考えて退屈している暇はなかったけど」

 少し衛士にあるまじき発言だったかとイライザは舌を出す。

「本気じゃないわよ。早々に孤児院長を間に立てて詫びをいれてきたしね。この人選もどうかと思うけど、まあ水に流してやることにしたわ」

「そうか。さすがイライザだ」


 衛士という仕事をしていると他人から逆恨みされることもあった。

 イライザのように誣告されることは特に珍しいことではない。

 それに対して、どのように振る舞うかは結局のところ、その人次第である。

 素のままのイライザであればもうちょっと厳しく反撃するところであるが、ブランドに倣えばこの程度で収めておくことにしていた。

 ブランドの反応はイライザの計算通りである。

 まあね、と肩をすくめて笑みを浮かべた。


 昨日、ブランドが釈放されたイライザのところに直行してこなかったことについてのわだかまりが無いと言えば噓になる。

 ただ、イライザが魔法を使っていないということを証明できる人間はシャーリーしか居なかった。

 その協力を求めた以上はきちんと礼をするというのがブランドである。

 別にイライザのことを気にかけていないとか、蔑ろにしているわけではないということは少し考えれば分かることだった。

 職務においてはブランドは取扱いに差を設けることはしない。

 自分を特別扱いしてもらえないということでいちいち意気消沈していたら、この糸目のお人好しを好きになることなどできなかった。

 

「イライザ。下世話なことを聞くが、ルリギア氏はいくら出したんだ?」

 タイミングを見計らって会話に割り込みフンボルトが尋ねるとイライザは両手を開いてみせる。

「そりゃ随分と思い切ったもんだな」

「まあね。全部孤児院にそのまま寄付しちゃったけど」

「なんだと?」

「だって、げんが悪いじゃない。お金に罪はないけど、手元にあったらいつまでも嫌なこと思い出しそうだったからね」

 何のてらいもなさそうにイライザは言い放った。


 孤児院育ちでお金に苦労すると、長じてお金に執着するというのは良く見られる光景である。

 金があれば幸せになれるというものではない。

 ただ、ある程度は嫌なことを回避できるというのも事実であった。

 病に倒れても適切な治療を受けられるし、空きっ腹を抱えて寒空をうろつかずむに済む。

 何かに備えて蓄財しておこうというのは自然な感情であった。


 しかし、イライザにはその傾向はない。

 それはブランドの影響が大きかった。

 イライザが欲しているのはブランドである。

 お金でブランドの心を買えるならイライザもがめつい人間になったかもしれない。

 実際にはそんなこともなく、年齢の割には稼ぎのあるので、賠償金を景気よく寄付することもできるのだった。


「そうか。それは院長も喜んだだろう」

 ブランドは感心した声を出す。

「無理をしなくていいって心配されちゃったわ」

「確かに額が額だからな」

「出所が出所だから気にしないでって言っておいた。ただ、あまり派手にやりすぎるとこれから巣立っていく子供たちも自分たちもそうしなきゃいけないのかと負担になるのも悪いので匿名ってことで」


 寄付額のさじ加減も難しい。

 孤児院出身のイライザが全く寄付をしなくても口さがないことを言う人間はいるだろうし、額が大きすぎれば心配したように後進の負担になる。

 額にかかわらず偽善と陰口を叩く者もいるし、気にすればきりがなかった。

「そこまで気を遣うとは凄いなあ」

 ブランドはイライザを褒める。

「いやあ、それほどでも」

 普段の姿からは想像もできないような照れ顔になった。


 イライザは善意から行動しているが、ちょっぴりはこうやってブランドに感心されるんじゃないかという期待は持っている。

 小さいころからこうやって褒められるのが楽しみの1つだった。

 昔は頭を撫でてもらったんだけど、さすがに大人にはしてくれないわよねえ。

 そんな思いでイライザはブランドの大きな手を見つめる。

 100%善意のみに基づく行動というわけではないが、結果的に孤児院の子供たちも恩恵を受けていた。

 もちろん、イライザも純粋に孤児院には恩義を感じている。

 もっと悲惨な境遇もあり得たということは分かっていた。

 それでも、その恩義の大部分はブランドと知り合う機会を与えてくれたということが占めている。

 もしイライザの脳内を覗くことができたとしたら、ほぼブランドのことしか詰まっていないのだった。


 フンボルトはルリギアからの金をポンと孤児院に寄付してしまったことを聞いて内心で目を剥いている。

 確かにあまり縁起の良くないものという感覚は理解できなくはなかったが、豪快な使い方だった。

 それを聞いたブランドとイライザの会話の内容にも驚かされる。

 イライザがブランドの行動を真似ているということはとっくの昔に気が付いていた。

 フンボルト自身が第1隊長をお手本としている。


 ただ、真似しきれないなと思うこともしばしばあるのだが、イライザはより貪欲に模倣していた。

 少々行き過ぎという気がしなくもない。

 フンボルトはイライザの言動の中に思春期の未熟な子供が教師に抱く感情に似たものを嗅ぎ取っている。

 その一途さを再認識させられて、もし計画が上手くいったとしても恋に破れたイライザは2度と立ち直ることができないのではないかという大きな不安を抱くのだった。

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