第91話 お茶と酒
ベアトリスと別れた後、近くの店に入ったブランドは礼儀正しくシャーリーとお茶をしている。
必要以上にくどくどと礼を言うことは無かったし、仕事や魔法のことで意外と話は盛り上がった。
お茶とお菓子の味も申し分ない。
しかし、聡いシャーリーはブランドの心の一部がここに無いのを悟ってしまった。
同僚が収監されているのだから気になるのは無理もない。
釈放されるように尽力していたぐらいだからその後のことが気になるのも当然である。
むしろ、何も気にせず若い女性とのお茶を楽しむような男なら幻滅するところだった。
とはいえ、シャーリーはブランドの関心の中身が気になって仕方ない。
単に親しい同僚ということならいいが、実はイライザに恋愛感情を抱いているのではないか?
もしくは、危機に際してそのことをきっかけに惹かれているのを自覚したとか?
わざわざ休日返上で駆けつけるというのは尋常ではない気もするし、ブランドの人となりを考えるといつも通りとも考えられる。
シャーリーは向かいの席でお茶を飲んでいるお人好しの衛士隊長の顔を観察した。
細い目はどんな感情を秘めているか読みにくい。
カップを持たぬ左手の先は見えないがどうもドラマタの背を撫でているようだった。
シャーリーは壁沿いに座っているのでテラス席やその外の人通りがよく見える。
数人に1人はシャーリーの向かいに座っているのがブランドということに気がついて目を見開いた。
騎士団の制服に身を包んでいるシャーリーと普段着のブランドという取り合わせはどういう会なのか目的を図りかねる。
それでも仕事の打ち合わせという緊張感は無かったし、先日の酒宴のときのブランドの酩酊ぶりも伝わっていた。
人々はデートに近い何かなのだろうと納得して通り過ぎていく。
カップの中身だけでなく、継ぎ足し用のポットのお茶もなくなる頃には昼食時になった。
「お茶だけというのもあまりに淋しい。差し支えなければお昼もどうだろうか?」
社交儀礼に則った言葉と分かっていても誘われれば嬉しくないはずはない。
シャーリーは遠慮しつつもブランドの言葉に甘える。
昼食の時間も楽しいものになった。
向かいの席に座るブランドの所作は生まれからすると十分に洗練されている。
多弁ではないがシャーリーの話に耳を傾け時折気の利いた言葉を返してくれた。
ただ、本当はとても楽しい時間のはずなのに、ブランドの気持ちを独占できていないことをひしひしと感じてしまい、シャーリーは自分が嫌になりそうになる。
それでついついそのつもりもないのに質問をしてしまった。
「真実を明らかにするためと仰っていましたけど、ブランド隊長は本当はイライザさんの無実を信じていたんでしょう?」
ブランドは困ったような笑みを浮かべる。
「衛士として予断を抱くのは本当は正しいことではないのですが、その予感はありましたな。まあ、長い付き合いですし」
そう語りながら面上に浮かぶ表情はシャーリーの胸を鋭く刺した。
「疑われたのが私だったら同じように無実だと考えてもらえました?」
冗談めかして言っているが実際のところ内心ではドキドキしている。
「そうですな」
短い言葉に嘘偽りはないということは分かった。
きっとシャーリーが疑われても今回と同様に尽力してくれるだろうことも間違いない。
でも、イライザに対するのと全く変わらぬ気持ちではないこともシャーリーは敏感に感じ取ってしまう。
そういう意味においてブランドは正直すぎたし、シャーリーは繊細すぎた。
「それは嬉しいです」
口に出してはそう答えたが少し暗い気分になる。
昼食を終えると店を出て2人は別れた。
シャーリーは全体としては楽しい時間だったと思うようにして帰路につく。
ブランドはドラマタを抱きかかえるようにして歩き出した。
イライザに放火の嫌疑がかかった件について問いかけてくる住民に既に疑いは晴れたということを話して歩く。
こうして噂が広まるよりも早い速度でイライザに対する悪評は払しょくされていった。
もともとイライザもブランドとは比べるべくもないとはいえトールハイムの住民の信頼はそれなりにある。
そのイライザは釈放されるとその足で公衆浴場に向かった。
いくら時折清掃をしていても留置場に入っていたというのは気持ちが悪い。
悪運も一緒に落ちるようにと丁寧に洗って体を清める。
浴槽にも何度も出入りしマッサージまで受けてすっきりして公衆浴場から出てきたイライザは喉の渇きを覚えた。
時刻はまだ昼過ぎだったが、厄落としという名目で昼から酒を飲むことにする。
表には出していないがイライザも誣告を受けて拘束されたことには腹立たしい思いをしていた。
今まで騒がなかったのは衛士という自分の立場をわきまえていたからに過ぎない。
ルイジの店に腰を据えるとジョッキを抱えて飲み始める。
衛士団員が多く訪れることもあって旧知の店員は事件のことを知っており、早々に疑いが晴れたことを寿いだ。
「まあ、すぐに身の潔白が明らかになって良かったですね」
「それはそうだけど、まったく失礼しちゃうわよね」
さすがに少し愚痴が出る。
「ほとんど嫌がらせの告発だったんじゃないですか? こんなに早く疑いも晴れたし」
「それがそうでもなかったのよね。状況的には私以外には実行がなかなか難しいってことでさ。たまたま私も当日近くに居たしね」
「それじゃあ、どうしてすぐに出られたんですか? いえ、私はイライザさんがそういう人じゃないって分かってますよ」
聞きようによっては疑いを向けていると取られる可能性がある発言を聞いてもイライザはご機嫌だった。
「それはねえ、ブランドが骨を折ってくれて、迅速かつ完膚なきまでに真実を明らかにしてくれたのよ」
私のために。
最後の言葉は付け加えようとしてやめる。
イライザはブランドという男をそういう面でよく理解していた。
仮に本当にイライザのために行動している部分があったとしても、衛士である以上それを口にすることは絶対にない。
余計なことを言っては迷惑をかけることになるだろう。
それにすぐに会いに来てくれなかったことはちょっとだけ残念に思っていた。
2杯目を受け取って飲んでいると常連客の1人が店に入ってくる。
「なんか、ブランド隊長、騎士団の上品な魔法使いと仲良さそうにお茶を……、あっ」
余計なことを口走った男はイライザの渋面を見て小さく叫び声を上げた。




