放火犯人は……
「な、……、どういうことだ?」
ルリギアは眉を顰める。
目の前で実演されてみてもなかなか脳の理解が追いついていないらしい。
ブランドはカーテンを閉めた。
「さて、結論から申し上げればボヤの犯人はルリギアさん、あなた自身になります。この部屋に入ったときにここにあるものは他人に触れさせないとのことでしたからな。あの水晶玉を置かれたのもルリギアさんでしょう?」
「だから、なんだ?」
「ああ、御覧頂いてお分かりかと思っていたんですがね。火災の原因は水晶玉です。こういう透明な球体は光を1点に集めます。光が集まった場所は高温になるんですよ。温度が高くなる条件は2つ。球体の直径が大きければ大きいほど、日差しが強ければ強いほどです」
「おかしいじゃないか。その水晶玉を置いたのはずいぶん前だ。それまで何も起きていないんだぞ」
「冬場は日差しが弱いですからな。それに角度の問題もある。それに部屋の奥まで日が差し込むので、本が色褪せないようにカーテンを閉めていることが多いのではないですか?」
「そうだ。水晶玉で書類が燃えたというならカーテンはなぜ燃えない?」
ブランドは右手で拳を作り左手を広げる。
両手を離したり近づけたりした。
「光を1点に集めるのですがそれには適切な距離があります。近すぎても遠すぎても火がつくほど十分に熱くはならない。こちらにきて覗かれるがいいでしょう」
ルリギアが窓際に近づき窓とカーテンの間から覗くとカーテンの表面に水晶玉の直径よりは小さい明るい円ができている。
「光は1点に集まり切ってはいないので、あの場所に手を当ててもほんのり温かい程度でしょう」
「すると、この火災で罪に問われる人間は……」
「いないということになるでしょうなあ。まあ、厳密に言えば失火の罪はありますが小官としてはそこまで厳密に処罰する必要はないのではないかという意見です」
「ブランド隊長。そうは言ってもこれだけ近隣の心を騒がせているんだ。料理中に燃え移って壁を焦がしましたというのとはわけが違うんだぞ」
ことさらに厳格な表情を作ってベアトリスが反論した。
「それにイライザさんを犯人と断定した件もありますわね。疑念を抱くまでは否定しませんけど、あそこまで明確に言われるのは同じ魔法使いとして非常に不愉快ですわね」
「いや、私はそんなつもりでは……。ブランド隊長」
ルリギアはいまや唯一の味方となった形のブランドに縋りつく。
先ほどそれなりに失礼な態度を取ったことなどすっかり失念しているようだった。
「ちょっと失礼」
ブランドはベアトリスのところに歩み寄った。
ドラマタを抱き上げるとその背中を撫でて満ち足りた表情をする。
「こうすると心が落ちつきますな。申し上げにくいことを言わなくてはならないときにはこういう癒しがとてもありがたいですよ」
ドラマタも喉を鳴らして応えた。
「それで、私も宮仕えの身、意見の具申まではしますが上司の判断には従わなくてはなりません。まあ、注意しようもない事案ではあった点を斟酌するようにもう1度団長にお願いしてはどうでしょう。それと私の同僚への誣告については今からすぐにでも告発を撤回し謝罪と名誉回復のための手段を講じられては?」
ルリギアは我が意を得たりとばかりに首を縦に振った。
「なるほど。さすがブランド隊長、噂にたがわぬ見識だ」
ルリギアはベアトリスに重ねて失火について穏便に収めるよう頼むと共にイライザの件で煩わせたことを謝罪する。
「それは私に言うことではないだろう」
「ご本人には必ず間に人を立てて謝罪と賠償をいたします」
直接謝罪をする方が誠意がありそうだが、相手の負の感情を刺激する可能性もあった。
第3者を介して謝罪をするという方法もこういうケースでは1つの方法である。
「そうか。それでは我々は告発の取り下げ書を頂き、水晶玉を押収すれば引き上げるとしよう。水晶玉の返還を希望するのであればその請求書も書きたまえ」
ベアトリスはこれ以上圧力をかけることなく引き下がることにした。
失火を罰することは可能ではあるが、少々やりすぎと周囲に見られる可能性もある。
ここは貸しを1つということで穏便に収めたのだった。
ブランドが回収した水晶玉をベアトリスが受け取る。
ルリギアはその間にブランドが取り出した書類にサインをした。
「幸運をもたらすなど、とんだまやかしでした。こんな縁起の悪いものは不要です」
憤懣やるかたないという態度で水晶玉の放棄を宣言し、できあがった書類をベアトリスに差し出す。
「確かに受け取った。では、これで失礼するとしよう」
ベアトリスに従って屋敷を離れるとブランドはシャーリーに礼を言った。
「先日は正体をなくすほど酔ってご迷惑をおかけしたのに今回は快く捜査にご協力頂き助かりました」
「いえ、あの席はオーギュスト隊長がお酒を勧めすぎたのが悪いんですわ。お役に立てたなら何よりです」
「なんとお礼したら良いのやら」
「それでしたら魔法を使って少し喉が乾いたのでお茶をご馳走して頂けたら嬉しいです。今日はブランド隊長は本来はお休みでしょう?」
「そうですな。それぐらいならお安いご用ですがそんなことでいいのですか?」
「もちろんです。それで団長さんもご一緒にいかがです?」
シャーリーが社交辞令としてお茶の席に誘う。
ベアトリスは表向きは柔やかに謝辞した。
「ブランド隊長は休暇中だが私は仕事中なのでね。まだ詰め所に戻ってやらなければならないこともあるので残念だが遠慮しておくよ」
その実、悔しさに歯噛みしながらベアトリスは別れを告げる。
バッシュとフランセーヌが側によってきたので往来を避けて端に寄った。
「それとなく監視しておきましょうか?」
「さすがにやめておこう」
「よろしいのですか?」
「お酒を飲みさえしなければ大丈夫よ」
2人を従えて詰め所に向かう。
第4隊長を呼んで告発の取り下げ書を示しながらイライザの釈放を命じた。
「え? もう無実であることを証明されたんですか? さすが団長ですね」
喜色を露わにする第4隊長にベアトリスは首を横に振る。
「私はお膳立てをしただけだ。解決したのはブランド隊長だよ」
「で、そのブランド隊長は?」
「本来まだ休暇中だからな」
第4隊長は早速イライザを釈放に向かいブランドの尽力によることも告げた。
イライザは笑みを浮かべる。
「まあ、ブランドが事件を知ったなら、これぐらいで解決するのは驚くには当たらないわ」
釈放されることよりもブランドが活躍したことを我が事のように喜ぶイライザだった。




