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糸目の衛士隊長はお人好し  作者: 新巻へもん


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第89話 検証

「で、やはり身内を庇うために権限を行使されるんですな」

 衛士たちの訪問を受けたルリギアは皮肉っぽい笑みを浮かべる。

 ベアトリス1人ならここで怯んだかもしれない。

 若くして衛士団長の要職にあり強い権限を持っている。

 そのことを自覚していることはしないよりはずっといいことであるが、そのために却って権力の行使に慎重だった。

 ルリギアは人生経験の長さからベアトリスのためらいを敏感に読み取っている。


 本件ではルリギアは被害者であり、そのことを最大限に利用して衛士団に対して有利な立場を築こうとしていた。

 商売をしていれば1つや2つは後ろ暗いことがある。

 そこに捜査の手を伸ばさせないためにも機会があれば苦手意識は植え付けておきたかった。

 ベアトリスが今をときめくコロンナ一門ということは当然知っていたが、優秀な部下に支えられているお飾りの小娘と侮っている面もある。


 ベアトリスは柔やかに笑みを浮かべた。

「ルリギア殿は何か勘違いをされているようですわね。衛士団の責務は陛下に分け与えられた権能により真実を明らかにすること。魔法が使われたかどうか識別することに恣意の入りこむ余地などありますまい」

 ルリギアは密かに驚く。

 先ほど最初にベアトリスが駆けつけたときとは明らかに態度が異なっていた。

「魔法が使われたのなら、それを行使した者を突き止めるし、そうでないならどうやって火が出たかを探る。いずれにせよ、ルリギア殿には損のない話だと思うが?」


 それなのに忌避するのは何か他に理由でもあるのかな?

 ルリギアはベアトリスの気迫にそんな圧力すら感じていた。

 実際のところは衛士団長はブランドやシャーリーに無様な姿は見せられないと背筋を伸ばしているだけである。

「そこまで仰るなら。まあ、どんな結果が出るか楽しみですな」

 ルリギアは嫌みを言いながら折れた。

 魔法を使わずに火をつけるなど不可能であり調べたところでイライザがやったという事実は覆らないと高をくくっている。


 ルリギアはベアトリスたちを3階の書斎に案内した。

「あまり勝手にあれこれ触れないでいただきたい。この部屋のものは基本的に召使いにも触れさせていないのですよ」

 書斎はカーテンが半ば以上閉められている。

 わずかに開いた部分は外からの強い陽光が差し込んで明暗のコントラストを作り出していた。

 ボヤの後に窓を開けて空気の入れ替えをしていないのか、まだ焼けたような臭いが漂っている。

「日当たりが良すぎるのも良し悪しでしてな。冬からこの時期ぐらいまでは午前中は眩しいのですよ」

 頼まれもしないのにルリギアが自慢をした。


 シャーリーはそれには取り合わず表面が焼けたマホガニー製の机に歩み寄る。

「ここが書類が焼けた場所ですね?」

 ルリギアが肯いた。

「この机も高かったんですがね。向かいの集合住宅の家賃1年分はするでしょうな。

カーテンを閉めているのは覗かれたくないというのもあるんですよ。以前は開けていたときもあったんですがね。火事のときなどは物見高い連中が鈴なりになりましてな。下品な奴らです」

 隙があれば他者を貶しつつの自慢話。

 絵に描いたような成金しぐさを炸裂させている。


「確かにいい品ですわね。では魔法を使いますのでお静かに願います」

 実際には静かにしなくても魔法の精度には差が出ない。

 シャーリーは両手を机の表面に向けると呪文を唱え始める。

 1度中断し、さらにもう1度詠唱してからベアトリスを振り返った。

「この場所に作用した魔法はありません」

「そうか」

「ちょっと待ってください」

 ルリギアが会話に割り込む。


「本当に間違いないのか? 実力が足りなくて検知できなかっただけかもしれないじゃないか」

 この失礼な発言にはそれまで部屋の中のあちこちに視線を走らせていたブランドが反応した。

「こちらのシャーリーさんは|王国認定の正式な魔法使い《ロイヤル・マギ》です。もちろんその実力はご存じですな?」

「ロイヤル・マギですと?」


 シャーリーは奥ゆかしく顔を伏せる。

「末席ですが」

「こう言われているがロイヤル・マギにそう簡単になれるわけじゃない。シャーリーさんに検知させないとなると、犯人は不世出の天才ということになりますな」

「そ、それは……」

 ルリギアは急いで思考を巡らせた。

 まさか、この若さでロイヤル・マギの称号を得ているとは。

 流石に僭称するとは思えないし、これで腕前について難癖をつけるのは難しい。


「失礼なことを申し上げました。しかし、それならどのように火をつけたのか不思議に思っただけなのです。それはお分かりになりませんか?」

「そこまでは分かりません。私に言えるのは魔法が使われなかったというだけです」

 ベアトリスがその後を引き取った。

「いずれにせよ、イライザさんの嫌疑は晴れたということでよろしいか?」

「まあ、偉い魔法使いが仰るならそうなんでしょう。で、先ほど仰っていた真実とやらはどこにあるのです? まさか、これで後は知らないとは仰らないでしょうな。是非とも私に大損害を与えた真犯人を捕まえてほしいものです」


 ああ言えばこう言う。

 ルリギアはそういう男だった。

「ところで敏腕で鳴らしているブランド隊長、先ほどからほとんど何もされていませんが隊長の見立てはどうなんです?」

 勝手に行動するなと言っておいてこれである。

 そのブランドはドラマタを両手でしっかり抱きかかえていた。

「なに? 明るいところが気になるか。よしよし。ほら、ちょっとだけだぞ」

 そう言って立派な机を置いた春の日差しが暖かそうな窓辺に向かって歩み寄る。


「まったく……。マスコットがいるのはともかく現場に連れてくるのは……」

 ルリギアはその背に厳しい視線を向けベアトリス相手に文句を言い始めたときだった。

「ルリギア殿。あれは?」

 ブランドに問いかけられて苛立たし気にルリギアは近寄りカーテンの陰を覗き込む。


「幸運を招くという水晶です。騎士団が町を離れた頃に手に入れましてね。それがどうしたというんです?」

「ボヤが出た日はこの場所のカーテンは開けてあったのではないですか?」

「ええ。そうですが一体何の話をしているんです?」

「それでは失礼」

 ブランドはカーテンを引っ張った。

「何をするんです」

 不快気な声を出すルリギアにブランドは机の上を指さす。


「随分と明るく光ってますな。ここに紙を置くと……」

 ドラマタをベアトリスに預けポケットから何かの書付を取り出して光の焦点付近にかざした。

 皆が見つめるうちに一筋の煙が上がると黒く焦げた紙から赤い炎が出る。

「これでお分かりですか?」

 ブランドはパンと大きな手で書付を挟んで火を消した。

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