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糸目の衛士隊長はお人好し  作者: 新巻へもん


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88/104

第88話 噂の拡散

 いつもとは異なり奥側の席であることに嫌でも被疑者の立場ということを思い知らされる。

 それでもイライザは顔を上げて気丈に振る舞った。

「ねえ、ドーナツは出ないの?」

 衛士団の取り調べでは被疑者の供述を引き出すためにドーナツが出るというまことしやかな噂がある。

 もちろん、実際にはそんなものは出ない。

 第4隊長は取調室に入るなりのイライザの台詞に苦笑をした。


「ドーナツが出るわけないことぐらいは知っているでしょう? それで、イライザさん、昨日の昼頃はどこに居ましたか?」

「ちょっと気になったことがあるから1人で街を巡回してたわよ」

「町の南東側の街区にはいらっしゃいましたか?」

「ちょっと待って。南東側の街区って昨日ボヤ騒ぎがあったわよね。消防団が出張っていたけど、大した規模の火災じゃなかったじゃない」

「ということは、その場にいたことは否定しないんですね」

「どうせ、裏取りが終わってるんでしょ」


 第4隊長は返事をしない。

 イライザは目を細める。

「で、何が燃えたの? というか、私は何を燃やした疑いをかけられているわけ?」

「総額で金貨千枚を超える借金の証文です。少なくともその一部と束ねていた黒革の書類挟みは燃え残っていました」

「そりゃ大変ね。それでなんで私が犯人ってことになっているわけ? 誰が貸主か知らないけど私は誰であれ借金はないわ」

「でも、ルリギア氏と揉めたことはおありですよね」

 イライザは眉を顰めた。

「え、借用書が燃えたのってルリギアのものなの。へええ、そう」

 いい気味だと口にせずともそのニュアンスを込める。


 孤児院が資金難のときに借りたつなぎ融資の取り立てで揉めたときにイライザが間に入ったことがあった。

 ルリギアはもともと孤児院や孤児というものに対し思うところがあるようで、イライザに対しても随分と非礼な態度だったのを覚えている。

「流石に過去の出来事だけで被疑者扱いはどうかと思うのだけど。本人が過失で燃やした腹いせで私に罪を被せようとしているんじゃないの?」

 この発言の途中で取調室にベアトリスが入ってきた。

「イライザさん。衛士団もそこまでぬるい仕事はしない。我々が全く理由もなく疑いをかけるわけがないだろう」


「その理由を聞かせていただけますか?」

「火災現場はルリギア氏の書斎だ。そして火災発生時に書斎は無人で施錠されていた。そして現場には火種になりそうなものはない。この状況下で書類を燃やすことができるのは火炎魔法に長けたあなたしかいないんだ」

 説明を受けてイライザは渋い顔になる。

 確かに全ての事象を合わせて考えるとイライザにしか実行できない状況と言われても無理は無かった。

「それはまた随分と根拠薄弱ではないですか? 確かに私は炎の魔法が得意です。でも、その現場を目撃されたわけではないんですよね。流れ者の魔法使いがやったというのと同じぐらい無理があります」


 ベアトリスは目をつぶる。

 見開くとまっすぐにイライザを見つめた。

「私もあなたがやったとは思いたくない。しかし、理屈の上ではあなたが1番怪しく見えるのも事実なんだ。被害者から身内を庇うのかと言われてはこうするしかない」

「まあ、立場には同情します。けれども、このままやってもいない罪を認めるつもりもありませんから。これ以上私と話をしても意味はないでしょう。衛士団の名誉のためにも真犯人を捕まえるように尽力をお願いします。それじゃ」

 イライザは立ちあがる。

「決着するまでは収監されるんでしょう? 一応、案内してもらっていいかしら?」

 イライザは4番隊の隊長に微笑みかけた。

 隊長は急いで立ちあがるとイライザを部屋から連れ出す。


 ベアトリスはしばらく唇を噛みしめたままその場から動けないでいた。

 衛士団の詰め所をイライザが被疑者になった話が駆けめぐる。

 第6隊のサリーが表面上は沈痛な顔をしてあちこちに話をして回った。

 巡回に出かける第9隊の団員をわざわざ呼び止めて話を披露する。

「イライザ隊長、あ、もう隊長じゃなかった。ルリギア氏の書斎への放火で逮捕されたんだって。これから大変よねえ」

 そして、第9隊はドラマタを連れたブランドと偶然遭遇した。

 念のために強化オークから受けた傷の経過について医者の診察を受けて帰るところである。

 9番隊の団員たちはブランドを呼び止めると流石に声を潜めつつもサリーから聞いたことを告げた。


 ブランドは顔色1つ変えない。

「そうか。知らせてくれてありがとう」

 それだけ言うとそのまま歩み去る。

 まったく反応しないことに第9隊の団員たちは首を捻った。

「意外と冷たいな」

「実はもう団長か騎士団の魔法使いと交際すると決めたのかも」

 そんな勝手な感想を漏らす。


 もちろんそんなことはなかった。

 ブランドにしてみればイライザが放火などするはずがないというのは、当たり前過ぎて言及するまでもなかっただけである。

 となれば冤罪に他ならず、ならばさっさと現場検証すべきだと考えただけだった。

 ブランドはその足でルリギアの屋敷を訪れる。

 書斎を見せて欲しいという要望をルリギアははねつけた。

 ルリギアは敏腕だった祖父や父の跡を継いだ3代目であり、金持ちとして育てられたぼんくらである。

 自分は偉いんだという意識だけ肥大化させ、性格は陰湿で世間のことに疎いところがあった。

「中を見ても仕方ないでしょう。犯人は外から魔法を使ったんですから。ブランド隊長も身内を庇うために必死ですな」

 交渉しても無駄と悟るとブランドは屋敷をすぐに出る。


 その足でまず騎士団の屯所に向かった。

 シャーリーを訪ね協力を要請する。

 ブランドの頼みにシャーリーは即座に了承した。

 オーギュストに願い出て急遽休みを取得する。

 シャーリーの手を引くようにして衛士団の詰め所に入るとブランドは団長室のドアを叩いた。

 入室許可の声と同時に扉を押しあける。

 珍しい組み合わせの訪問者に呆気に撮られているベアトリスにブランドは挨拶もそこそこに現場出動を要請した。


「団長に臨場していただければ現場で魔法が使われたのかの検知がかなりの精度でできます。それを実施するのがシャーリーさんであれば身内という非難もかわせます」

「ちょっと待て。同僚のことが気になるのは分かるが、そんなことをすればやはりイライザさんを庇うのかという話になってしまう。ブランド隊長、少し落ちつくんだ」

「いえ、違います。私が気にしているのは真犯人のことです。このままではルリギア氏に損害を与えた者が野放しのままになります」

 同じようなことを言っているようだが、その目的は異なる。

「では検証の結果、魔法が使われた痕跡があったら?」

「その時はその線で捜査を行います」

 ブランドはあくまで真相究明を求めていた。

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