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糸目の衛士隊長はお人好し  作者: 新巻へもん


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第87話 被疑者イライザ

 ベアトリスはノートンが付き添いながらブランドを連れていくのを見送る。

 もともと今夜どうこうしようという気はなかった。

 このタイミングで1夜を共にするというのはコロンナ侯爵対策としてリスクが大きすぎる。

 モンスター退治でブランドが活躍したお陰で追い風が吹いているのを感じていた。

 オラストン伯爵に対して完勝しても、動員した騎士団のお膝元で大きな被害が発生すれば瑕瑾となったはずである。

 それを防いだのだから覚えがめでたくないはずがない。

 わざわざ領内にある高名な酒を送ってくるところにそれが読み取れた。


 今は戦後処理に忙殺されているのでその時ではないが、いずれタイミングをみてベアトリスの望みを伝えるつもりである。

 前は全く望み薄であったが、今なら聞き届けてもらえる可能性が増えていた。

 少なくとも頭ごなしに叱責されることはないと思っている。

 そんなチャンスを軽挙で台なしにするわけにはいかない。

 楽しい時間を過ごせたことで満足していた。


 その一方で気が気でなかったのはイライザである。

 慰労会に図々しくも参加するわけにはいかないし、シャーリーによる事件の後では疑心暗鬼になるのも無理はなかった。

 かといって路上で張り込みをするわけにもいかない。

 イライザもなかなかに目立つので、いつ誰に目撃されてブランドに伝えられるか分かったものではなかった。

 そのため悶々としながら夜を過ごすことになる。

 

 いつの間にか眠ってしまったイライザは翌朝寝坊をしてしまった。

 慌てて身仕度をして詰め所に出勤する。

 少しばかり髪が跳ねていたがそのことを気にしていられない。

 今日は外回りだったので第3隊の半数を率いて街に出た。

 ここのところ特に大きな事件もなく、またオラストン伯爵の討伐の報もトールハイムへ伝わっている。

 そのため、ブランドが不在でも住民の動揺が目立つことはなかった。

 それでも、本日の町の住民の挨拶時の話題の中心はブランドの帰還のことになる。

 ほとんど天気の話題と同レベルの扱いであった。


「イライザ隊長、お早う。ブランド隊長が帰ってきたんだって?」

「ブランド隊長、大手柄を立てたそうじゃないか」

「怪我したそうだけど大事ではなかったのかい?」

 昨日の今日なのに噂の広まるのが早い。

 さすがの人気コンテンツである。

 これらの問いかけに対してイライザが返答した内容が付加されてさらに拡散されることになった。

「イライザ隊長に聞いたんだけど……」

 というわけである。


 本人がまだ二日酔い気味で自宅で寝ているために直接聞けない以上は第三者の話によるしかないが、その中でもイライザは価値ある情報源とされていた。

 皆が興味津々で聞いてくる内容に適当に話を合わせつつ、イライザは少々面白くない。

 昨夜の慰労会で出たと思われる話はイライザの知らない内容だった。

 とりあえず語ったのはブランドに心酔するノートンということで伝わっているので、そうらしいですねと返しておく。

 やっぱり顰蹙を買ってでも参加しておけば良かったかな。

 そんなことを考えながらイライザは巡回を続けた。


 その途中で、買い物中に子供が居なくなったという訴えを受けて迷子を捜し出す。

 泣きじゃくる子供の手を引いて礼も言わずに去っていく母親を見送った。

「もう。勝手にフラフラしないで……」

 子供を叱責している声が遠ざかる。

 こういう親子もいるんだなとイライザは考えた。

 イライザ自身は小さい頃に母を亡くして孤児院で育っているが、それまでの記憶にある母親は温かくて優しくていい匂いのする安心できる存在である。

 私はこれでも幸せな方だったのかもな、などという感想を改めて抱いた。


 将来自分が母親になるとして、なるべく真似をしようと心に誓う。

 ただ、早死にだけはしないようにしようとも思った。

 その母親になるという点については、まずブランドを口説き落とさなくてはならない。

 幼き日にこの人のお嫁さんになると思い定めてから1度たりともブレたことのない信念だった。


「あの母親の態度なんなんですかね」

 しばらくしてから部下が思い出したように言う。

「まあ、そう言うな。何かを育て面倒をみるというのは大変なものさ」

 部下は怪訝そうな顔をした。

 隊長だって経験ないでしょ、とその顔に書いてある。

「ドラマタを預かっているときに学んだのさ。猫と人間は違うかもしれないがね」

 イライザは少し照れ笑いをした。


「なるほど」

 そりゃ、ある意味において実の子を育てるよりは神経使いそうだよなあ。

 ブランドが可愛がっていることを思い出して部下も納得した。

「先ほどの母親だが何か事情があるかもしれないな。あとでブランドに聞いておく」

「そうですね。それなら安心です」

 多くの人が住むトールハイムでそこまで住人のことを把握しているはずもないのだが、相手がブランドだと知っているという気になってしまう。

 仮に今は知らなくても話を通せばなんとかしてくれるはずだった。

 頼りっぱなしは良くないけど私も一緒にやればいいもんね。

 イライザはそんなふうに考え、新たな共同作業に心を躍らせる。

 しかし、それはすぐには実現しなかった。


 ブランドがトールハイムに帰還した3日後はイライザも休務日に当たっている。

 今日はまだブランドも特別休暇中だし家を訪ねてみようかどうしようかと迷っている時だった。

 官舎のドアを叩く音がする。

 ひょっとして向こうから家に来てくれた?

 期待しながらドアを開けると第4隊の面々が緊急した面持ちで立っていた。

「何よ?」

 肩透かしを食らってイライザの声は愛想を欠く。


「イライザさん、あなたに放火の嫌疑がかかっています。同行願いますか?」

 隊長と呼ばないところに危機感を抱かざるを得ない。

 それでもイライザはフンと鼻をならす。

「はあっ? 何のジョークよ。ぜんっぜん面白くないわよ」

「残念ながらジョークではないです。お話しは詰め所で伺います。大人しく我々についてきてください」

 第4隊の隊長は固い声を出した。


 イライザは肩をすくめる。

「まあ、いいわ」

 ここで争っても仕方がない。

 身仕度は済ませてあったのでそのまま家を出た。

 詰め所への道中では誰も口をきかない。

 重苦しい雰囲気に包まれている。

 無言のまま詰め所に到着するとイライザは取調室に入れられた。

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