第85話 凱旋
「随分と小細工を弄すると思うたが、結果としては大勝利。勝ち戦は正義じゃよ。お主、大したもんじゃなあ」
ガハハと酒宴の席で老騎士が笑う。
ジョッキを持っていない方の手でブランドの肩をバンバンと叩いた。
「いえ、騎士の方々がいなければ数体に逃げられ禍根を残したでしょう」
「よう言うわい。ワシらは最後のおいしいところにちょいと手を貸しただけじゃ。まあ、何はともあれ完膚なきまでに叩きのめした大勝利。最高じゃのう。オラストン伯との戦い、留守居を命じられた憂さも晴れたぞ。さあ、飲め、飲め」
横合いからノートンが声をかける。
「隊長は怪我をしていて傷に障るかと。代わりに僭越ながら私が頂きます」
強化オークを迎撃した戦いにおいて1番危険な場所を受け持ったブランドは無傷というわけにはいかず大小の怪我をしていた。
「そうか。そうじゃった。ケロリとした顔をしておるからついつい忘れてしもうた。それでは、お前が代わりに飲め」
老騎士は店員から受け取ったジョッキをノートンに突き出す。
こうして祝勝会の夜は更けていった。
翌日以降はブランドたちは強化オークに荒らされた集落の再建を手伝う。
本来業務に含まれているとは言い難かったが、まだ残党が潜んでいるかもしれないという名目で出動した後にそのまま手を貸していた。
まだ酒臭い息を吐くノートンがブランドを気遣う。
「隊長。昨日はあの後、報告書を書いていたんでしょ? ほとんど休んでいないんじゃ?」
老騎士たちができあがるとブランドは祝勝会の会場を抜け出していた。
ベアトリスに報告書を書き上げ発送の手配をする。
「いやあ、ノートンが酒の相手をしてくれて助かったぞ。あのご老体の相手はなかなか大変だっただろう?」
そこにフンボルトがやってきて会話に加わった。
こちらも大量に飲まされたはずだが酔いの痕跡はほとんど残っていない。
「おい、ブランド。この地に親切な妖精がいるって聞いたことがあるか? 借りた剣が綺麗になっていたんだが。ひょっとしたら、その妖精は細い目をしたお人好しなんじゃないかと思うんだ」
ブランドは報告書を書いただけでなく、借り受けた剣の汚れを落とし綺麗に磨き上げている。
もちろんフンボルトが借りたものも同様にした。
恐らく酔いつぶれてまだ夢の中にいる老騎士たちが目を覚ましても文句のつけようもないはずである。
「ついでだから勝手にやってしまったが、何かやり残しがあったか?」
「いや、嫁と折り合いの悪い姑が確認するようにあら捜しをしてもケチのつけようがないだろうよ」
「それは良かった。それじゃ、4周に見張りを立てて、残りの団員は清掃を手伝うとするか」
「おい。お前は怪我人だろ。大人しくしてろ」
フンボルトが強く制止する。
「そうですよ。また戦いがあるかもしれないんですから安静にしていてください」
ノートンも尻馬に乗った。
「しかしなあ」
「四の五の言っていると病院のベッドに括り付けるぞ。何もすることがなくて手持ち無沙汰というなら老人たちの相手をしていてくれ」
フンボルトはブランドに集落に住んでいた老人たちの繰り言を聴く役を割り当てる。
実際に手を動かす団員たちを呼び止めて思い出話をされては効率が悪くなることは容易に想像できた。
そんな老人の相手は聞き上手なブランドにうってつけである。
「分かった。それでは引き受けよう」
村の真ん中にある広場を片付けるとブランドは嘆くばかりの老人たちに耳を傾けた。
ドラマタも老人たちの間を巡って、老人たちの手がしなやかな毛に触れるのを許してやっている。
手触りのいいドラマタを撫で、愚痴を聞いてもらった老人たちは表面上は落ち着きを取り戻した。
強化オークたちは食料を食い散らかして汚しただけなので、集落の目に見える部分はすぐに元通りになる。
しかし、秋の収穫を迎えるまで何で食いつなぐかが問題として残った。
この集落の周辺の大地は肥沃であり、今年の作物が実るまでもたせることができればいい。
なにしろ、時折、モンスターの襲撃があるのに住み続けるほどの恵まれた地である。
とはいえ、秋までの食料はどうにかしなければならなかった。
被害を受けなかった村や町からの支援といっても限りがある。
ただ、その不安が不満となって表面化する前に解消した。
オラストン伯と対峙する陣地から食料が送られてきたのである。
もちろん何もせずに勝手に送られてきたわけではなく、ブランドの書いた報告書の中で進言していたことが採用されたものであった。
ようやく桟道工事も完成が見え、集めた兵糧に余剰が発生するのが分かっていたというのも影響する。
食料が送られてくるのと前後してブランドたち派遣者に帰還命令が届いた。
傷の癒えたブランドの指示で騎士団の屯所を綺麗に掃除してから人々の惜しむ声を背にトールハイムへと旅立つ。
それとほぼ時期を同じくしてオラストン伯は城館を枕に討ち死にし戦役は終了した。
コロンナ侯爵は余勢を駆って部隊を派遣し強化オークを生み出し続けていた魔法使いの拠点も揉み潰す。
侯爵の声望はこの地方でますます高まった。
その献策をした男は功を誇ることなくベアトリスに帰任の報告をする。
「依頼のモンスターの横溢を鎮圧して参りました。進発したもの26名、1名も欠けることなく帰着しております」
団長室には入りきれないので詰所の大会議室に整列した第1、第2の両隊は演台上のベアトリスに向けて姿勢を正した。
何はともあれ、全員が無事だったのはとても運が良かったと言える。
まともにぶつかりあったら数名の死傷者が出てもおかしくはなかった。
「諸君ご苦労だった。また、全員の顔を見ることができて嬉しい。本日より4日の特別休暇を与える。ゆっくりと骨を休めてほしい。なお、本日夕刻から慰労会を行う。全部費用は私持ちだ。とっておきの酒も出るぞ。奮って参加してくれたまえ」
衛士団の中から歓声があがる。
「やったぜ」
「話が分かるぅ」
ほんの数か月前にベアトリスを前にしての緊張と醒めた雰囲気はない。
ベアトリスは両手を上げて歓呼の声を静めた。
「両隊長には詳しい話を聞きたい。団長室まで来てくれ。残りのものは解散してよろしい」
2人の従者と共にブランドとフンボルトを連れて部屋を移動する。
衛士団の団員との一体感を覚えてベアトリスは深い感動に包まれていた。




