第83話 派遣
ブランドが罠に嵌められかけた話は翌日にはイライザも知るところとなる。
話の途中までは都から戻ってきたあの日に無理にでも引き留めて先に手を出しておけばと悔やんだ。
ただ、すんでのところでベアトリスの従卒であるバッシュの手によって救出されたと聞いて胸をなで下ろす。
一旦は落ちついたものの唇を噛んで考えた。
こんな強引な手段を取るとはシャーリーの人となりにそぐわない。
同じ本職の魔法使いとしてイライザはベアトリスよりも深くシャーリーのことを理解している。
得意とする魔法で性格的な傾向は分かるのだった。
「これは騎士団分団長の策か……」
オーギュストの顔を思い浮かべる。
改めて考えればシャーリーとはどことなく面影が似ていた。
血縁関係にあるのだろうことが推定できる。
そして、昨年の騎士と衛士の結婚が引き起こした顰蹙を掻き消すための話題をオーギュストが欲していることも感づいていた。
貴族と推定されるシャーリーとブランドの結婚は確かにトールハイムの町に熱狂を巻き起こし、好意的に受け止められるはずである。
この策を講じている騎士団分団長という存在は何の後ろ盾のない一介の若い女性には手に余る相手だった。
普通ならここで怖じ気づいたり、ブランドの幸せのためと自分に言い訳をして身を引くところである。
しかし、イライザはどこまでもイライザだった。
ブランドを目の前にすると幼き頃の少女が前面に出てきてしまうが、それ以外の時は負けん気が強い。
相手にとって不足なし、と闘志を新たにしている。
地位や身分がなんだ!
ブランドを幸せにできるのはこの私よ。
イライザのこの思いは半ば信仰のようなものである。
こうなったら、次のデートは不退転の決意で臨むわ。
幸いなことに日付が前もってわかっている。
スキンケア、品がありながらも蠱惑的な下着、ベッドメイク、ありとあらゆることで万全の体制を整えることが可能だった。
背水の陣を敷くつもりで準備に勤しむことを決意する。
鼻息も荒く意気込むイライザだったが大きな不運が待ち受けていた。
なんと、ブランドを含む第1隊と第3隊がトールハイムを離れて派遣されることとなってしまったのである。
これには対オラストン伯戦役が関係していた。
各地に駐屯する騎士団を召集したのはいいのだが、春になってある地方のモンスターの活動が平年を大きく超えて活発になっている。
その地方から呼び寄せた騎士団を戻せばいいのだが、戦線の重要な位置を担当しているため、コロンナ侯爵が難色を示したのであった。
部隊の配置転換は隙や混乱を生じやすい。
だから、コロンナ侯爵の判断は純軍事的観点からは正しい判断である。
では、他の騎士団はどうかというと、勝利を目前にしているのに戦場から遠ざけられるとなると不平が生じかねなかった。
戦場以外の場所にいる騎士団を動かそうにも手一杯である。
善後策を検討している時にベアトリスからの陣中見舞いの書簡が届いた。
それを読みながらコロンナ侯爵は天啓を得る。
そうだ。娘のところには騎士顔負けの腕を持つ衛士が2人もいるではないか。
早速、ベアトリスへ早馬を飛ばして2隊を派遣するように公文書で命ずる。
親子関係による私的な依頼であっても断るのは難しいが、オラストン伯討伐軍総司令官の公的な命令となればベアトリスは唯々諾々と従うほかはなかった。
ただ、これでモンスター退治を成功させればオラストン伯討伐への貢献ということになる。
ベアトリス本人の声望も上がるし、褒美を交渉する余地も出てこようというものだった。
フンボルトと顔を洗い身だしなみを整え酒酔いの跡を消したブランドを呼び出して、モンスター退治への派遣を命ずる。
2人とも背景事情を聞けば否やはない。
すぐに部下を非常呼集し、馬車に分乗してトールハイムを発つことになった。
慌ただしい出発の中、ブランドはその場に現れたイライザに食事の延期とアマンダの店への連絡を頼む。
内心ではガッカリしていたイライザだったが、その様子は見せずに了承すると共に励ました。
「怪我しないようにね」
「ああ。気を付ける」
動き出す馬車にブランドは飛び乗る。
その腕にはドラマタがしっかり抱えられていた。
事前の準備期間がない上に爪を立てて引きはがされまいとするのでやむなく連れていくことになっている。
イライザはブランドを見送るが、馬車が見えなくなるまで感傷に浸るようなことはしない。
自分の仕事に戻るため詰め所に入った。
前回ブランドがいなくなったときの憔悴ぶりを知る部下が声をかけてくる。
「隊長。また大変になりますね」
「まあね。だが今回は団長が居る。後ろに最終判断を任せられる人間がいるだけで大変さは比べものにならないわよ」
「そういうもんですかね」
「ええ、そうよ。町の人々は動揺するかもしれないが、我々もいつまでもブランド頼りというのも情けない話だ。不安を払拭するよう頑張らなくてはな。まあ、私は始末書を片付ける」
ばつが悪そうに言うとイライザは馬車を魔法で破壊した件についての始末書の続きを書き始めた。
そんなものを書かされている理由はいきなり魔法を直撃させる前に警告ができたはずというものである。
確かに理屈の上ではそうであった。
しかし、いつもであれば相手を取り逃がすよりはいいだろうと反発するところである。
それを大人しく始末書を書いているのは、早く1番乗りをしてラブ・ポーションを確保しようとした際にまったく邪な想いが無かったとは言い切れないからだった。
始末書を書いて副団長ホーソンへ提出し、3番隊から9番隊までの隊長が集まる会議に顔を出す。
議題は2つの隊が抜けたことによる穴埋めをどのようにするかということだった。
結局のところローテーションを組みなおすしかない。
なんとかすり合わせが終わった時にはイライザの今日の勤務時間は終了している。
詰め所を出るとイライザはアマンダの店に向かった。
今日もお店は繁盛している。
店に入るとウェイターに事情を話してブランドの予約を一旦キャンセルした。
「残念ですね」
言われるまでもなくイライザも心の底からそう思っている。
「まあ、仕方ないわ。ブランドが戻ってきたらまた本人が予約を取り直すと思う」
「アマンダも気合が入っているので楽しみにしていてください」
「それは期待しているわ。それから、今度料理を習いに来る日はよろしくと伝えておいて」
長居をしては邪魔になってはいけないと用事が終わるとイライザは店を出て家路についた。




