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糸目の衛士隊長はお人好し  作者: 新巻へもん


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82/104

第82話 既成事実化作戦

 時には汚れ仕事もしなければならない騎士団分団長である。

 目的のためには手段は選ばなかった。

 少し離れた路上で客待ちをしている辻馬車の御者に合図を送って呼び寄せる。

 オーギュストは傍らのシャーリーを振り返った。

「これは独りにするわけにはいかないだろう。シャーリー、今夜は一緒に泊まって隊長の面倒をみてやってくれ」

「え?」


 オーギュストの立案した既成事実化作戦は実はシャーリーにも知らせていない。

 騙し討ちするようなことをシャーリーががえんじるとも思えなかったからである。

 一時的に恨まれるかもしれないがそれでも構わない、とオーギュストは決意を固めてこの場に臨んでいた。

 一方の当事者であるシャーリーは急に降ってわいた話に困惑している。

 いつもと異なり途中で制止されることがなく、たっぷりと餌付けされてすやすやと眠るドラマタを抱きかかえて、オーギュストとブランドの顔を交互に眺めた。

 酔い潰れて半ば眠っている衛士隊長に肩を貸してやっているオーギュストは目線でシャーリーを励ました。


 千載一遇のチャンスだぞ。

 衛士団同士で毎日顔を合わせている有利さに割り込む大変さを実感したんじゃないのか?

 オーギュストは目に力を込める。

 シャーリーが逡巡の後に提案に乗ろうとしたときだった。

「おや、ブランド隊長、どうしました?」

 ベアトリスの従卒の1人であるバッシュが駆け寄ってくる。

 オーギュストは舌打ちしそうになるのを堪えた。


「日頃の感謝をこめて席を設けたんだが少しお酒を過ごされたようでね。なに、心配はいらない。責任をもってこちらで世話をするから」

 そう説明して馬車の方へ歩き出そうとするが、バッシュは引き止める。

「騎士団の方にそこまでご迷惑はかけられないでしょう。衛士団で引き取ります」

「いや、これほど飲ませた私が悪いのだ。それに1人では大変だろう。ブランド隊長の愛猫もいるし」

 オーギュストはシャーリーが抱き上げているドラマタに視線を向けた。

 バッシュは引き下がらない。

「ドラマタは衛士団のマスコットです。ならば衛士団員も同然なので、なおさら私どもが面倒をみるべきでしょうな」


 近くに停車して待っている辻馬車の御者が声をかけてくる。

「すいませんが早くしてもらえますか? 乗らないならよそへ行きますよ」

 そこに数人がやってきた。

「どうした? 何かトラブルか? え? 騎士団分団長?」

「ブランド隊長まで?」

「シャーリーさんにバッシュさんも?」

 夜間巡回中の衛士団の団員が口々に声を出した。

 万事休すと悟ったオーギュストはこれ以上無理を通すのを諦める。


「そうだな。確かに貴殿らに任せた方が良さそうだ。面倒をかけて申し訳ない」

 衛士団の団員数人にブランドの身柄を引き渡した。

 バッシュは銅貨を取り出して指で弾く。

 回転しながら飛んでいった銅貨は辻馬車の御者がキャッチした。

「こいつは迷惑料だ」

 そう言いながらバッシュは今度はすやすやと眠るドラマタをシャーリーから引き取る。

 オーギュストは内心では地団太を踏みながらシャーリーをエスコートして辻馬車に乗り込んだ。


 馬車が走り出すとバッシュは別の辻馬車を呼び両脇を支える2名の団員ごとブランドを馬車に乗り込ませる。

 そして、自らはその場に残る団員に挨拶するとドラマタを抱えたまま、御者台に上った。

「衛士団の詰め所まで」

 前払いをして行き先を告げるとバッシュは走り出す衝撃に備える。

 馬車が詰め所に着くとブランドを仮眠室に運び入れさせた。


 本来バッシュはベアトリスの個人的な部下であり衛士団の指揮命令系統に組み込まれていない。

 団員に指示する権限はないのだが、場合が場合だけに団員も文句を言わず従う。

 ブランドをベッドに横たえるとバッシュは仮眠室を出ていく団員に礼を言った。

 それからブランドの側にドラマタを置くと隣のベッドに腰かける。

 ようやく落ち着くと危ないところだったと額を手の甲で拭った。

 快適な気温の時期なのに変な汗をかいている。

 あのままブランドを連れ去られていたら取り返しがつかないことになっていたに違いなかった。


 ベアトリスは立場上取ることができない既成事実化を騎士団分団長自ら仕掛けてくるとは想定の範囲を超えている。

 ブランドが連れ去られそうになった場面にバッシュが行きあわせたのは偶然ではない。

 オーギュストに誘われたところからずっと監視をしている。

 シャーリーが店を出てきてまたブランドと一緒に店に入っていくのを見てからは何かあるのではないかという疑いを濃くしていた。

 そういう意味ではオーギュストは小細工を弄し過ぎたといえるのかもしれない。


 しばらく様子を窺っていたが、別に薬を盛られたわけではなく単に酔って眠っているという確信ができたのでバッシュは仮眠室を出る。

 詰め所で待機している団員に頼んで紙をもらい、簡単に顛末を書いて仮眠室に戻るとブランドの寝ているベッドの枕元に置いた。

 それから詰め所を出ると衛士団長の官舎に足を向ける。

 官舎に入るとまだベアトリスは寝ていなかったので少し話ができるかとお伺いをたてた。


 ベアトリスは年長の従卒の顔を観察する。

「何かあったのね。とりあえず、座って」

 とぐろを巻いていたソファの向かいの席を勧めた。

 バッシュは席につくと、道々整理してきた話をしてきかせる。

「……。というわけで現在はブランド隊長は衛士団の仮眠室で寝ておられます」

 ベアトリスは指の関節が白くなるほど手を強く握りしめていた。


「上品そうな顔をしていてもやることはエグいわね」

 ベアトリスはシャーリーを非難する。

「なりふり構っていられなくなってきたということでしょう。それにラブ・ポーション事件が決定打になったのでしょうな」

「こっそり確保していたってこと? それなら現物を確保すれば手を引かせる口実になりえるわ」

 顔を輝かせる主にバッシュは申し訳なさそうな顔をした。


「いえ、恐らくはそうではないかと思います。まあ、一度は検討したかもしれません。その過程でラブ・ポーションなど必要がないと気が付いたのでしょう。実際には何もなくても1夜を共にすればブランド隊長は責任を取ると言い出すでしょうから」

 事前にシーツに血をつけるぐらいはするかもしれませんな、という言葉は飲みこむ。

 ベアトリスは思案顔になった。

「確かにそうかもしれない。ブランドの責任感ならそう言いかねないわ。その手を私も使え……はしないわね」

 

「はい。ご当主の耳に入らずに済ませることができればいいのですが、そうでない限りはかなりのご不興を買われることになるかと存じます」

「それは不利ね」

「まあ、これに懲りてブランド隊長も警戒されるでしょうから、2度目はないかと思いますが」

「それはシャーリーさんに関してでしょ。イライザ隊長に気づかれたらまずいわ」

 ベアトリスは唇をかみしめる。

「確かにそうですな」

 バッシュも顔をしかめた。

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