第81話 謙遜と慕情
空になった皿が下げられ残りの2人分の料理が運ばれてくるまでは、オーギュストがつなぎの話題を提供する。
この店の料理のできばえについての話で、ブランドとシャーリーはその内容に同意するが、その実、2人とも食べたものの味はさっぱり分かっていない。
ウェイターは料理を出した後は、各人のグラスに発泡ワインを注ぎ足すと個室を出ていった。
次の料理についてコメントするとオーギュストは話題を元に戻す。
「先ほどの話だがね、シャーリーのブランド隊長への毀誉褒貶についての態度は分かったと思う」
ブランドは僅かに顎を引いた。
「確かに年齢差のある結婚については色々言う向きもあるかもしれない。ただ、通常は年齢が上の方が様々な力で立場の弱いものを従わせていると見えるケースについて批判的な反応になるのだと思う」
オーギュストは発泡ワインで喉を湿らすと共に間を取る。
ブランドもつられるようにグラスに口をつけた。
「それでだね。シャーリーに関してはあまりその心配はしなくていいのではないかな。あくまで結婚における条件面においてだがシャーリーはかなり有利だ。そうそう、サレーノ子爵家の相続権に加えて本人も|王国認定の正式な魔法使い《ロイヤル・マギ》を名乗る資格を有している。だから、周囲の人間はブランド隊長に無理やり従わさせられていると考えはしないだろう。そういう意味ではシャーリーは貴殿の希望に添うのではないかな?」
さすがはトールハイムにおける騎士団のトップというだけはある。
オーギュストはブランドとの短い会話から攻略ポイントを見いだしていた。
年甲斐もなく若い女を強引に妻としたという侮蔑の目を向けられては困るという不安を解消してみせている。
ブランドは視線を泳がせると助けを見いだしたようにグラスを手にした。
発泡ワインの喉ごしを楽しんでいるかのようにゆっくりと飲み時間稼ぎをしながら考えをまとめる。
「確かにシャーリーさんは1人の女性として素敵な方です。さらに子爵家を継ぐ資格までお持ちだ。魔法使いとしての実力もある」
横に座るシャーリーは話の前半部分で顔が赤くなっていた。
世の中には真価が分かりにくいタイプの人間がいる。
大人しくて控えめで常に他人より1歩下がっているために存在を認知されにくい。
シャーリーはまさにそういうタイプであり、今までこういう褒め言葉を言われたことがなかった。
ブランドが優しい男だというのは分かっている。
社交辞令としてもこう言うしかないというのは頭で理解していても実際に耳にすると心が躍った。
ブランドは酔いを追い払うように軽く頭を振る。
自分に出されたものを楽しんでいたドラマタが顔をあげ小首を傾げてニャと鳴いた。
大丈夫だというようにブランドが手を伸ばすとドラマタはビシとその手を叩く。
ブランドは細い目を僅かに見開いた。
とはいえ、アルコールによる眠気で目蓋が重くなっており、いつも以上に細くなっていたものが元に戻った程度である。
ブランドは詫びを口にした。
「いいお酒過ぎて酒量を誤ったようです。お恥ずかしい。それで話を戻しますが、シャーリーさんのような条件の整った方が私のような愚才に関心を持って下さるとそれはそれで不安になるのです。先ほどの私と矛盾するようですがね」
「それは謙遜が過ぎるでしょう。トールハイムの治安を担う衛士団の第1隊長ともなれば実質的な責任者だ。凡人には務まりますまい」
そう言いながらオーギュストは副団長ホーソンのことは都合良く脳裏から抹消する。
「いや、私は単に長くやっているから少しばかり経験が多いに過ぎません。フンボルトやイライザも若いですが私と変わらぬ活躍をしています。私は第1隊長という見栄えのいい冠を戴いているだけで中身は凡人です」
ブランドは自分が他の人間のロールモデルになっているという自覚がない。
自分がこの年齢になってようやく身に付けつつある知識や技能を若い隊長が同じように所持していることに感心していた。
ただ、ブランドは茨が生い茂る場所を切り開いて衛士たるものの理想の道を作っている。
フンボルトもイライザも同じようにしているとブランドは思っているが、実態論としては2人は先達の真似をすることで苦労が相当軽減されていた。
あまりに優秀過ぎる先輩がいると後輩は萎縮してしまうリスクもあるが、そこはお目々がハートのイライザとライバル意識を燃やすフンボルトである。
半歩でも近づこうと日々努力をしていた。
ブランドの発言を聞いて、オーギュストは内心首を傾げる。
先ほどからの様々な言葉は謙遜だと思っていたのだが、どうやら本心らしいということが分かってきた。
やっぱりブランドは完璧な人物なのではなく人としてどこかが壊れているんじゃないか、という不安が頭をもたげてきたがもう引き返すわけにはいかない。
本日のお見合いは100パーセント、すべてオーギュストの主導で行われている。
ラブ・ポーション捜索で近づくチャンスだと思っていたのだが、衛士団の結びつきの強さを見せつけられて悄然としたシャーリーを見かねての行動だった。
全て任せておきなさいと言われていることもあり、発言をなるべく控えていたシャーリーが口を開く。
「ブランド隊長、そんなことはないですわ。少ない機会ですけど間近でお仕事ぶりを拝見して私は感銘を受けました。もちろん他の衛士の方も立派ですけど、ブランド隊長は勝るとも劣らないです」
真情を込めて訴えかけた。
「そう言って頂けると少しは自信が持てますな」
ブランドは少し苦みが抜けた声で応じる。
「シャーリーの言う通りだ。ブランド隊長のお陰で騎士団もとても助かっている。順序は前後してしまったが、今日の会食も元々はブランド隊長に謝意を伝えるためだからな」
オーギュストはここ最近の騎士団と衛士団の協力関係について話し出した。
さり気なくブランドの貢献に触れつつ、それに対するシャーリーの意見も聞くという形で展開する。
ブランドの自尊心が回復するようにしつつ、シャーリーのブランドに対する好意的な発言も引き出すという高度な作戦だった。
しかも、そういった話の間に仕事上の具体的な課題についての意見も求める。
ことが仕事に関することであればブランドは態度が変わって冗舌になった。
喋れば喉が渇き自然とグラスに口をつける回数が増える。
店を出る頃にはブランドは他人の支えが必要になっていた。
実はオーギュストは今夜勝負をつけてしまうつもりである。
途中からは縁談から話を逸らせ安心させておいて、酔ったブランドとシャーリーを同衾させてしまい既成事実を作るという2段構えの作戦だった。




