第80話 セールストーク
ブランドは間を持たせるために目の前のグラスに入った発泡ワインを飲む。
本当は水が欲しいところだったが、この話の腰を折って頼むのも憚られた。
喉をシュワシュワした泡が滑り落ちると共に、ようやく遅まきながらもブランドは今日の会食の趣旨を悟る。
シャーリーが偶然合流した体を装っていたがブランドとのお見合いをさせるのが本来の目的だった。
最初は椅子が2脚しか準備されていないなど芸が細かい。
さすがのブランドもこの時までは隠された目的を見抜くことはできなかった。
釣書の中身を見てシャーリーからの縁談だったと知っていれば多少は気付く余地はあったかもしれない。
しかし、そこの情報が欠落していては困難である。
さらに仲介者が騎士団のオーギュストというところもブランドの判断を誤らせていた。
ベアトリスが推進してきた衛士団と騎士団の協力関係構築ということはブランドも正しいことだと考えている。
その騎士団のオーギュストから話があると言われれば公的な話だと考えるのは無理もない。
ニワエリの町でダクラスを確保した作戦が隣国との緊張を生み出し騎士団に迷惑をかけたとブランドが考えていたことも影響していた。
まあ、女性からの好意に壊滅的に鈍いということが、オーギュストの意図に気付かなかった最大の原因である。
「それは存じあげませんでした。釣書も見ずにお返事したもので。その節は失礼しました」
話を告げられた驚きから回復したとはいえ、ブランドも型通りの返事をすることしかできなかった。
オーギュストは笑顔を崩さない。
「どうやらそのようだね。それで立ち入ったことを聞くがブランド隊長は独身主義者なのかね?」
「積極的に独り身でいようと決めたわけではありませんが、恥ずかしながら今までこういうお話を頂いたことが無かったもので」
「ブランド隊長ならいくらでも話がありそうだがな」
「いえ、それが全く」
ブランドは衛士として自らを厳しく律している男である。
幼き頃のイライザに語ったように付け届けや贈り物を全て断っていた。
このため、今日のような会食を設けることはできなかったので、お見合いの実現が難しい。
今までの衛士団長もどちらかというと堅物で部下のプライベートに嘴を挟むことを嫌っていた。
「ああ、なるほど。騎士の中にもそういう男がいる。長年かけて構築した快適な環境を変化させることが果たしていいことなのか不安があったり、単に面倒だったりするらしいな」
オーギュストがいつまでも結婚しない男性にありがちな思考を披露する。
「まあ、そんなものです」
そこに一皿目が運ばれてきた。
話が一旦中断する。
ウェイターが下がるとオーギュストは料理を勧めながら攻略を再開した。
「環境の変化ということであれば、子爵の位を継げることになる。これは悪いことではないだろう?」
「そうですな」
ブランドもそう答えるしかない。
立身出世が男の勲章という社会であったし、一般的には叙勲されるというのはめでたいことである。
もし仮にブランドの価値観に反することであっても、貴族を目の前に無価値だと言えるはずもなかった。
しかし、ブランドもようやく態勢を立て直し、反論ではなく懸念を伝えることにする。
「確かに魅力的な地位ですが、高い地位にはそれに応じた責任が伴います。責任を果たす力量がなければ周囲を不幸にするだけではないですか?」
「いや、そのような謙遜をされなくてもブランド隊長には十分な力量をお持ちだと思うがな」
「私のような魯鈍なものが評するのも僭越ではありますが、例えばコロンナ侯のような才徳を持つのは難しいでしょう」
ブランドはたまたま今話題の人物を引き合いに出しただけで他意はなかった。
しかし、聞き手はコロンナの名に勝手に反応してしまう。
貴族として生きていくには知らないことが多いので、コロンナ家の庇護のもとでやっていきたいという意図と解釈した。
まさか。
ベアトリス殿はもうすでに父親の内諾を得てブランド隊長にアプローチしているのか?
オーギュストは焦りを覚える。
本日ブランドを招待した際には仮想のライバルとしてイライザを想定していた。
確かにイライザは美人ではあるが男性にアピールできる手札はそれだけである。
シャーリーは水準は超える容貌に加えて内証豊かな子爵家を継ぐという切り札があった。
ただ、競争相手がコロンナ家となると切り札の威力は効果がかなり薄くなる。
「ふむ。ブランド隊長は生真面目だな。そこまで堅苦しく考えることはないと思うがね。大きすぎる服を着続けているうちに体が大きくなってフィットすることもあると思うがな」
とりあえずオーギュストは一般論で返した。
これ以上貴族の仲間入りをするという点をメリットとして強調するのはまずいと判断し話題を変える。
「話を戻すがブランド隊長は積極的に独り身でいたいというわけではないのだろう? シャーリーのことはどう思う? 身びいきになるが自信を持ってこの縁は良いものだと言えるぞ。温厚で慎ましく頭もいい。シャーリーを娶れば温かく平穏な家庭生活が約束されているようなものだ」
本人がこんなことを言えば鼻白む向きもあるだろうが、縁談であれば仲介者が代わりにアピールしてくれた。
熱弁を振るうオーギュストの話す内容自体も大きな誇張はなく聞いて納得できるものである。
この間、シャーリーはずっと俯いていた。
時折、少し顔をあげてブランドと視線が合うと顔を伏せる。
オーギュストはここぞとばかりに身を乗り出した。
「どうだろう?」
「正直に申し上げますが、私はいい歳です。シャーリーさんはまだお若い。年齢の釣り合いの取れたもっとお似合いの方がいるでしょう。私が年甲斐もなくと嘲弄されるのは耐えられますが、シャーリーさんが奇異の目で見られるのは心苦しいです」
ブランドの言葉には苦みを帯びている。
シャーリーは反射的に顔を上げた。
「誰もブランド隊長をそのような目で見るはずはありません。でも、もしそのような方がいてもその方がおかしいだけです。私がその方の蒙を啓いてみせますわ。妻なれば当然のことです」
勢い込んで愛しい人を擁護したシャーリーは自分で発した妻という言葉に照れて顔を伏せる。
その様子を見たブランドの表情がわずかに変化したタイミングで扉がノックされウェイターが1人分の次の料理を手に個室に入ってきた。




