第79話 オーギュストの作戦
店に入るとそこではお仕着せを着た男性が待ち構えている。
「いらっしゃいませ。オーギュスト様」
「1名増えるが構わないかな?」
「もちろんでございます」
内扉の向こうにはいくつかのテーブルがある大部屋があるようだった。
オーギュストたちはそちらではなく横の通路を通って個室に案内される。
中に入ると1辺に1名が座れる幅がある正方形のテーブルが1つと向かい合わせになった椅子が2脚あった。
「少々お待ちを」
店員が個室の外に出るとすぐに1脚の椅子を持って戻ってくる。
空いた1辺に椅子を据えた。
店員は奥の椅子を引いてお客に均等に視線を注ぐ。
オーギュストは奥の席をブランドに勧めた。
「いえ、それは……」
「こういう席順には型がある。今日に関して言えば、隊長は私たち騎士団の客だ」
ウェイターが席を引いて待っている席が上席である。
この場合、招かれた立場であるブランドか女性であるシャーリーが座るのがマナーに適っていた。
男女のデートなら迷うことなく女性が座ることとなる。
オーギュストはシャーリーがホスト側の騎士団の人間であるということを宣言することで2択の問題の答えを出していた。
「それではお言葉に甘えましょう」
ここで揉めても却って失礼ということでブランドが勧められた席につくと、隣の席にシャーリーが、入口に近い席にオーギュストが座る。
この間、ドラマタは見慣れない人間と場所に体を縮こまらせてブランドの肩の上で借りてきた猫になっていた。
ウェイターはテーブルよりやや低い台を持ってくる。
その上には組紐で円を作ったクロスがかけられていた。
「よろしければこちらにドラマタ様をどうぞ」
名前を呼ばれて白猫はニャと小さく反応する。
魅惑的な輪っかにも惹かれていた。
ブランドが腕を伸ばす。
「お前のための席だそうだ」
ブランドに告げられてドラマタは台の上に移動し満足げに鎮座した。
オーギュストがブランドに問いかける。
「ブランド隊長はあまり酒は強くないそうだが、乾杯の1杯ぐらいは構わないのだろう?」
「はい。それくらいでしたら」
オーギュストはウェイターを振り返り注文をした。
「リュクス城館産の発泡ワインを」
恐らく乾杯用ということで発泡タイプの葡萄酒を頼んだのだと思われるが、醸造所の名を冠したものということは瓶内で発酵させる手間暇がかかったものと思われる。
アマンダの店で飲んだものは発泡ワインと称していたが葡萄酒を炭酸水で割ったものであった。
瓶内で発酵させるには、容器、栓も破裂防止のために特殊なものを使わざるをえない。
当然ながら炭酸水で割ったものよりもずっと値段が高くなる。
ブランドは心持ち背を伸ばした。
酒の値段も気になるが別に気にかかっていることがある。
チラリと横に座るシャーリーに視線を向けた。
この場にいる紅一点に対して飲み物の確認をしないということはマナー上あり得ない。
例外があるとすれば、改めて聞くまでもないほど親しい間柄で、何度も同席しているケースである。
ただ、気にはなってもオーギュストとシャーリーの関係を不躾に聞くわけにはいかない。
ドラマタに優しげな視線を向けていたシャーリーはブランドの視線に気がついて顔を向け笑窪を作った。
目の覚めるほどの美人ではないが、優美さを備えた佇まいはこういう改まった席には良く似合う。
2人の様子に気がついたオーギュストは本日の第1の矢を放った。
「ああ、シャーリーはサレーノ子爵家の出身なんだが、私とは親戚関係にあってね。飲み物の好みは知っているんだ。ちなみにリュクス城館はサレーノ家の領地内にある。身内びいきに聞こえるかもしれないが、なかなか評判の良い醸造所だよ。いずれシャーリーが相続することになる」
「そうなのですか」
「まあ、シャーリーに子爵家の相続権があることはブランド隊長の胸にしまっておいてくれたまえ。成り上がることにしか関心のない有象無象から結婚の申込みが殺到しても気の毒だからね」
「分かりました」
シャーリーは恥ずかしそうに目を伏せる。
秘密にしてくれと言いながらわざわざシャーリーの出自を明かしたのは、ブランドが釣書を読まずに断ったからだった。
女性に飲み物を確認しないという一見マナー違反に見える行為をしておいて、その弁解をする流れの中でシャーリーに婚約者はおらず子爵家を継げるという重要な情報を紛れ込ませている。
さらに頼んだワインの製造元の紹介とそれが相続財産に含まれていることまで示す完璧な流れだった。
ブランドが返事をしてすぐに細長いグラスとボトルが運ばれてくる。
ボトルが開栓され、オーギュストの前のグラスに少量の黄金色の液体が注がれた。
口に含み飲み干すとウェイターに向かってオーギュストは肯く。
改めて3人のグラスに弾ける泡の酒が注がれた。
「さて、それでは乾杯といこうか」
オーギュストがグラスを持ち上げる。
「そうだな。騎士団と衛士団の名を挙げたいところだが、衛士団長不在では少々おこがましい。我々3人の末永い友諠に、ということでいかがかな?」
シャーリーとブランドもグラスを手にした。
「末永い友諠に」
3人で唱和しグラスを掲げると口をつけて飲み干す。
乾杯の作法として飲み干さないわけにはいかない。
オーギュストはブランドに尋ねた。
「どうかね? リュクス城館の発泡ワインは? 赤ワインはブランニュ産が有名だが、発泡ワインならこれも悪くないだろう?」
「実際に口にするのは初めてですが、泡が舌に柔らかいような気がします」
「お、なかなかに違いが分かるじゃないか。せっかくなので差し支えなければお替りをしてくれないか? 栓を開けてしまうと泡が抜けてしまうので再度栓をして保存するわけにもいかないんだよ」
オーギュストはウェイターに目配せをする。
地下深いところから汲み上げた冷水の入ったバケットに入れてあったボトルを抜き出しクロスで水滴を拭くとブランドのグラスに注いだ。
1杯目は乾杯用ということで細長いグラスの底から指2本分ちょっとしか注いでいなかったが、今度はなみなみと満たされる。
シャーリーとオーギュストのグラスにも注ぐとボトルをバケットに戻してウェイターが部屋を出ていった。
オーギュストはウェイターが出ていったのを確認していた首を戻す。
「まあ、もう恐らく推察していると思うが、先日の隊長への縁談はシャーリーからのものだったんだよ」
にこやかに笑いかけながら今日の本題に入った。
本日より1日1話更新になります。




