第78話 外野
第1隊のメンバー半数と町の巡回を終えるとブランドは隊員に先に詰め所に戻っているように言う。
「すまないが、私はまだ用事がある。先に戻っていてくれ」
「了解です。先に戻ってます」
「隊長、お疲れさまでした」
ブランドはアマンダの店へと向かった。
ラブ・ポーションの件が落ち着いたので少し余裕ができる。
店の予約をするつもりだった。
トールハイムに戻ってからというもの、イライザをやきもきさせているがブランドもお詫びのことを考えていなかったわけではない。
何かしなければと思案していたが何をすればいいのか決めかねていたのだった。
劇場に誘うなり遠乗りに出るなり選択肢はいくらでもあるだろうが何が1番喜ばれるかが分からず悩んでいる。
それで無難なところでイライザのお気に入りの店に行くことにしたのだった。
階段を上り店の扉を開ける。
「あ、ブランドさん。何か御用ですか? 近くで何か事件でもありました?」
ウェイターの男性が声をかけてきた。
こういう声がけになってしまうのは普段の行動のせいだろう。
何をしても仕事がらみだと思われてしまうのだった。
「あ、いや。そうじゃない。今日は予約をしたいと思ってね。2名なんだがテラス席は空いているかな?」
ブランドは希望の日時を言う。
「テラス席なら空いてますよ。でも日によってはちょっと寒いかもしれません。今日みたいな天気だとね」
「猫が一緒なので中は無理だろう?」
「そうですね。じゃ気温が低かったらストーブを出します。何か苦手な食材とかご要望はありますか?」
「そうだな……」
ブランドは少し考えた。
「迷惑をかけた相手にお礼をしたいんだ。何か特別なことはできるかな? 私自身にはいいアイデアが無くてね」
「えーと。差し支えなければお相手のことを窺っても? それによって内容が変わります」
「ああ、そうだな。誘うのはイライザだ。一緒に来たことがあるから分かるだろう?」
ウエイターはお客のプライバシーに立ち入るつもりはないので質問は属性を聞いたつもりである。
ブランドの回答はそのものズバリの内容だった。
男性はニコリと笑う。
「もちろんです。この町でイライザ隊長のことを知らない方はいないでしょう」
「そうか。やっぱりイライザは凄いな。あの若さで大したものだ」
感慨深そうな様子に男性はじれってえなと考えた。
ウェイターの男性はアマンダの夫である。
胃袋を攻略されて結婚したくちだが、妻のことを尊敬し愛していた。
アマンダの恩人であるイライザに好感を抱いていたし、料理を習いにくるのが誰のためかというのも分かっている。
「そうですね。立派な方だと思います。それではお任せください」
男性は胸を叩いて請け負った。
ブランドが店を出た後に厨房で下ごしらえ中のアマンダに事情を話す。
「これはチャンスだろ? アマンダの腕の見せ所じゃないか? 関係が1歩でも進むようにさ」
「こういうのは周囲があれこれやると逆効果だと思うわ。そりゃ私だって心情的にはイライザさんのことを応援しているわよ。だから、料理にはちょっと力を入れるけどね」
興奮気味の男性をアマンダは窘めた。
「だけどさあ、誰かが背中押さないとダメじゃないか。押された相手が有利になる気もするし。ほら、他の2人は貴族さまだろ?」
「ブランド隊長はそんなことで選ばない気がするけど。とりあえず請け負った分はきちんと仕事しましょ。テーブルへの飾り付けはお願いね」
店を出たブランドは衛士団の詰め所へと急ぐ。
予約したことをイライザに早く伝えなければと思っていた。
もう少しで詰め所というところで横合いから声がかかる。
「ブランド隊長!」
良く通るその声は騎士団のオーギュストのものだった。
ブランドは足を止めて近づいてくるのを待つ。
騎士団の分隊長が衛士団長を通さず直接声をかけてくることは珍しい。
何事かと身構えていると、色々と世話になっているので1度食事をしながら話をしたい、という誘いだった。
「申し訳ないですな。確かに今日の仕事は終わってますが、この後飼い猫を引き取らなくてはならないんです」
「ああ、そのつもりで猫も同伴できる店を用意してあるんだ」
そうまで言われると断り辛い。
当初の予定では今日の活躍を労って隊員をたまり場にしているルイジの店に連れていくつもりだったが金だけ出すことにする。
「着替えてきますのでお待ち頂けますか?」
「ああ、もちろんだ。そこのカフェで待っている」
オーギュストは近くの店を親指で示した。
ブランドは詰め所に入るとまずイライザのところに行きドラマタを受け取る。
そして日付を告げてアマンダの店へを誘った。
イライザは2つ返事で了承する。
それからブランドは溜まり場に行き、そこでうだうだしている隊員に金を渡した。
「今日は大変だっただろう。一風呂浴びてからこれで喉を潤してくれ」
「あれ? 隊長は?」
「すまんが用事があるんだ」
「そうですか。じゃあ、また今度」
「どうもご馳走さまです」
隊員たちは残念がりながら去っていくブランドの背に礼を言う。
できれば隊長と一緒の方が良かった。
奢ってもらえるのも嬉しいが、ブランドがいた方が場が盛り上がる。
特に面白い話をするわけでもないが、話し手に糸目を向けてうんうんと相槌を打っているだけで楽しくなった。
ブランドは更衣室で1度ドラマタを床に置き、手早く着替えるとおいでと声をかける。
ピョンと跳ねるとブランドの腕を駆け上った。
肩の上に乗るとお腹が空いたという声を出す。
先ほどのイライザとの短い会話の最中に与えた食餌の量を書いたメモを見せられていたブランドは苦笑をした。
「あまり食べすぎは良くないぞ」
ドラマタはあくまで何も食べていないですよというように鳴いてすっとぼける。
メモに書いて見せたのは言葉を口にするとドラマタがどうも内容を理解したような反応をするからだった。
イライザとしてはなんとなくドラマタに嫌われたくないので文字にして示すことにしている。
さすがにドラマタも文字までは理解できないのだった。
ブランドは外に出るとオーギュストの待つカフェへと近づいていく。
中に入るまでもなく出てきた相手にブランドは詫びを言った。
「お待たせしました」
「いや。そんなに時間は経っていないだろう」
オーギュストは表通りに面した飲食店にブランドを連れていく。
店の中からシャーリーが出てきた。
「あら、団長」
「どうした?」
「席がいっぱいとのことで断られたんです」
「隊長。どうだろう? シャーリーも一緒で構わないかな」
「すいません、私はそんなお邪魔をする……」
この状況で嫌ですと言えるほどブランドは面の皮が厚くはない。
「私は構いませんよ。ここ数日お世話になっていますしね」
ブランドは快く応じるのだった。




