第77話 後始末
道行く人々に聞きながらブランドは半分ずつに別れて巡回している第1隊を捜す。
そのうちに雨がやんで人通りや馬車の交通量が増え始めた。
橋を渡ったところでブランドは部下たちが、曳き馬がおらず車体が壊れた馬車のところで交通整理をしているところに行きあった。
「あ、隊長」
隊員の1人が声をかけてくる。
「どうした?」
「あの馬車が立ち往生しているんですよ。今日は市の日だから荷馬車が多くて渋滞しているんです。邪魔だから移動して欲しいんですが、持ち主が来なくて」
ブランドは焼け焦げた後輪部分から、ここがラブ・ポーションの確保した現場だと悟った。
持ち主のダブレオは取り調べ中で馬車の回収どころではないのだろう。
「そうか。では仕方ないな。我々でなんとかしよう」
「ちょっと試してみましたけど重いですよ。交通整理をしながらだと人が足りないです。近くに動かす先もないですし」
確かに事故現場は四つ辻であり、各方向に整理のための人員が1人ずつ張りついている。
壊れた馬車の前後に安全確保のための人員を配置しつつ持ち上げて運ぶのは難しそうだった。
一時的に収めておけそうな空き地も1番近いところでもかなりの距離がある。
ブランドは素早く通りを見回した。
「ちょっと待っていてくれ」
部下に声をかけると近くの大きな商館に走っていく。
出てきた主に挨拶をした。
「擱座した馬車があのままでは差し支えがあるだろう。我々で動かそうと思うんだが1つお願いごとを聞いてはもらえないか?」
「何でしょう?」
「頑丈なネコを1台貸してもらえないか?」
取っ手付きの一輪車を現場ではネコ車、略してネコと呼ぶ。
主は破顔した。
「1台と遠慮せず2台お貸しします。ついでに若いのもつけましょう」
「ご協力感謝します」
丁寧に礼を述べると馬車のところに運んでおくように頼んでブランドは別の建物に交渉しにいく。
そこの敷地内に一時的に壊れた馬車を駐めさせてもらうようにお願いをした。
快諾してもらい事故現場にとって返す。
交通整理をしている者を含めた団員の中から力が強い3人を選抜し、ブランドを含めた4人で箱馬車を取り囲んだ。
「これ、イライザ隊長の仕業ですよね?」
「そうだろうな」
聞く方も答えは分かっているし、単なる事実の確認でしかない。
制服に炭のようになった焦げが付くと厄介そうなのでブランドは部下ともども諸肌脱ぎになる。
一輪車を持ってきていた若いのが感嘆の声をあげた。
力仕事をしている若者たちからしても見とれるほどのいい体つきをしている。
ブランドの掛け声で箱馬車を持ち上げた。
張り詰める上腕三頭筋、浮き上がる広背筋と額に光る汗、時ならぬ筋肉祭が発生する。
金持ちの女性は扇越しに、そうでない女性は顔を覆った手の指の隙間から肉体美を堪能した。
若者2人が車体の後部の張り出しに合わせて一輪車を差し込む。
「ようし、よくやった」
第1段階が上手くいったことにブランドが笑みを浮かべ肩を叩きながら隊員と若者を褒め讃えた。
そういう趣味嗜好の人には眼福としかいいようのない光景である。
ブランドたちは手早く腕や肩についた煤を拭き取ると上衣を身につける。
それからゆっくりと仮の保管場所に借り受けたところまで箱馬車を誘導した。
無事に移動を終えるとブランドはそちら側の交通整理をしていた隊員を呼ぶ。
耳元で囁くと懐から取り出したものを隊員に握らせた。
また制服を脱ぐと馬車を持ち上げて一輪車をその下から抜かせる。
「じゃ、私たちはこれで」
そう言って若者2人が一輪車を押して帰っていこうとするのをブランドが呼び止めた。
そこに両手にいくつものジョッキを持った隊員が戻ってくる。
ブランドは若者たちに飲み物を勧めた。
「助かったよ。喉を潤していってくれ」
自らもジョッキを受け取り口をつける。
「エールがいいだろうがまだ昼前だからな。これで我慢してくれ」
ジョッキの中身は柑橘の爽やかな香りと酸味が渇きを潤す飲み物だった。
滋養強壮にいいという根の抽出物と蜂蜜も入っている。
「どうもご馳走になります」
若者たちはぐいっと飲み干し礼を言った。
商家に追い使われている立場であり、こうやって飲み物を奢ってもらえる機会はそうそうない。
それなのに少し片手間仕事をしただけで隊員同様に飲み物まで振る舞われて感動する。
「隊長。なにかあったら声かけてください」
「体使うんだったらお役にたてるっすよ」
2人は一輪車を押して出ていった。
まだ裸だったことに気がついてブランドは服を着る。
その光景を上階から館のお嬢さんが見ていたこと、新しい世界に目覚めてしまったことはさすがのブランドでも気付かなかった。
場所を貸してくれた館の主に改めて礼をいうとまず全員でジョッキを返しにいく。
「どうだい。うちの効いただろ?」
「ああ、元気が出たよ」
「仕事中じゃなければアタシも隊長の体を拝みに行ったんだけどね」
スタンドで飲み物や軽食を売るおばちゃんが片目を瞑った。
「ううむ。そう言われると恥ずかしいな。これからはもう少し気を付けなくてはな」
イライザに注意されていたことを改めて思い出しブランドは頭を掻く。
「あまり他人には見られたくないという人もいるだろうし、隊長さんも気を付けた方がいいね」
おばちゃんはワハハと笑った。
ブランドは巡回しながらダブレオの商館へと足を向ける。
なにやら混乱している店で支配人を呼び出した。
「な、なんでございましよう?」
馬だけを連れた者が戻ってくるなり主が何も言わずに慌てて出ていき混乱している支配人が恐る恐るといった様子で尋ねる。
どうも主人であるダブレオが何かの犯罪に関わったということは推測していた。
「ああ、おたくの店の馬車を厚意で置かせてもらっている。急いで引き取りにいくがいい」
ブランドは相手の恐縮する様子には構わず、迷惑をかけている壊れた馬車のことにだけ言及する。
「完全に後輪が壊れているから簡単には動かないぞ。それなりの人数を用意し、馬車屋に頼んで車輪付きの架台を借りていった方がいいだろう。それと家主に何か持っていった方がいいな」
「畏まりました。それで……我が主はどうしたのでしょうか?」
「今は詰め所で取り調べを受けている。それ以上のことは今は言えないな。巡回の途中なのでこれで失礼するよ」
支配人が茶菓を出して詳しい話を聞こうとするのを断りブランドは落ち着かない商館から退散した。




