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糸目の衛士隊長はお人好し  作者: 新巻へもん


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75/103

第75話 顧みれば

 ドラマタの行動によりラブ・ポーションはカーペットの染みとなる。

 平身低頭してブランドは証拠品をダメにしたこととカーペットを汚したことを詫びた。

「いや、気にしないでくれ。本当に効果があるものだということが確認できたからな」

 ベアトリスは身をよじって変な鳴き声をあげているドラマタを見ながらブランドを擁護する。


「いずれ処分しなければならないものだったし、カーペットは汚れるものだ。全く気にすることは無い」

 むしろ褒めんばかりの勢いだった。

 まあ、ベアトリスにしてみればイライザがラブ・ポーションをちょろまかすかもしれないという不安が解消されたわけで内心ではドラマタを褒めたたえている。


「猫ちゃんってそういうところがありますよね。ブランド隊長が持っていたので余計に魅力的に見えたのでしょう」

 シャーリーもベアトリスと変わらない口ぶりであった。

「普段はいい子なんだけどね。まあ、ドラマタを責めても仕方ないわよ」

 自宅で2人きりで食事する機会を作ってくれた恩人ということもあり、イライザもドラマタには甘い。

 それに、なくなってしまったことが残念ではないと言ったら嘘になるが、実際問題として証拠品を持ち出すというのはリスクが大きい。

 ラブ・ポーションの一部を盗んだところをベアトリスに押さえられたら身の破滅である。

 イライザも想像することはあっても実際に横領するつもりはなかった。


 ブランドは暴れるドラマタをしっかりと手で押さえながら質問をする。

「それでラブ・ポーションを所持していた犯人は誰だったのでしょうか?」

「あの男よ」

 ベアトリスが曖昧なことを言った。

「そう。ブランドならそういうことをしそうな人間に心当たりがあるでしょう?」

 イライザも質問に質問で返す。


 この両名の態度はシャーリーに対する対抗心が無意識に表れたものだった。

 同僚として普段接することが多いので、言葉に出さなくてもブランドとは話が通じる。

 そのことを騎士団に所属するシャーリーに示す形になった。

 実際のところ、2人の言葉にブランドは表情を変えた。

「なるほど。ダブレオ氏ですか。温情をかけたのは失敗だったのかもしれませんな。取り調べは誰が?」

「第4隊長がやっている」


 この会話の間にもドラマタはふぎゃふぎゃと興奮した声を出し続けている。

 両手でしっかりとつかまれているがなんとか抜け出そうともがいていた。

 シャーリーがブランドに控えめに提案する。

「薬の効果はいずれ切れると思いますが、それまで辛そうなので眠らせましょうか? その方が猫ちゃんも楽だと思いますが」

「それではお願いできますか?」

 ふんわりと笑ってシャーリーは引き受けた。


 その頃、取調室では第4隊長に対してダブレオが全面的に罪を認める供述を行っている。

 自家の馬車に載せているところを押さえられたのであれば否認しても意味はない。

 部下に罪を着せようにも物がラブ・ポーションでは難しかった。

 なにしろ、衛士団長とブランドには道ならぬ恋のことは知られてしまっている。

 最初は偶然手に入れたという無理な説明をしていたのだが、途中から諦めていた。


「はい。ラブ・ポーションを取り寄せたのは私です。受け取った後に発送元が捕まったという情報が入りました。それで捜査の手が伸びるだろうということで、屋敷から動かすことにしたんです。衛士団を監視したらブランド隊長が関わっているだろうことは明らかだったので、隊長を避けるようにしていたのですが、私の浅知恵など見透かされていたようですね」

「なんで、こんな真似をしたんです? 金も力もあるあなただ。恋愛相手には不足しないでしょう?」


「100人に好意を寄せられようとも、私が望む相手がその中に入っていなければ意味が無いでしょう?」

「ダブレオさん、あなたがそこまで思いつめる相手というのは?」

 この質問には答えなくても問題ない。

 だが、悲嘆にくれるダブレオはどうせ手に入らないならという気持ちになった。

「テッドです」

「は? テッド?」

「分かっているんです。いけないことだということは。それでも抑えられないんですよ。テッドがあの女性と歩いているのを目撃するだけで胸にぽっかりと穴が空くんです。この腕に抱きしめたいと思ってしまう」

 ダブレオは髪を掻きむしり慟哭する。

 第4隊長は調書を書く手をとめてなんとも言えない表情をしていた。


 しばらくしてから報告に来た第4隊長からダブレオの様子を聞かされたベアトリスの胸には複雑な思いが去来している。

 ダブレオがやろうとしたことは最低だった。

 自分の意に染まぬ相手を薬を使ってコントロールしようという行為はおぞましい。

 その薬は所有も禁じられているものである。

 決して許されることではなかった。

 それでも、一方的に非難する気になれないのはその境地に至るまでの心の渇きというものはベアトリスにも良く理解できたからである。

 現実にはラブ・ポーションを使用することはできなかったが、ドラマタが栓を開けて流してしまわなかったらどうなったかは分からない。


 衛士団の証拠品の保管庫は月替わりで担当する隊長の1人のほかに衛士団長も鍵を所持している。

 その気になれば、ラブ・ポーションを少し別の容器に移し替え、少なくなった分は水を入れて嵩ましすることができてしまう。

 今回の事件においてはベアトリスはあまり活躍できなかった。

 それだけでなく魔法の能力に関してはシャーリーにもイライザにも及ばないということを痛感させられている。


 そのことについてブランドは何も言わないし、むしろ負担をかけたことを申し訳なさそうにしていた。

 そうであるがゆえに却ってベアトリスは居たたまれない。

 能力が劣っているがために大目に見てもらっているのではないか。

 そんなふうに考えると負の感情がますます強くなる。

 半人前の私がブランドに振り向いてもらえなくなってしまう。

 そうならないためには非常の手段を取らないと。


 名門貴族の家に生まれた私がそのような妄執に捕らわれるはずがないと強がりを言うのは簡単である。

 しかし、それは分析ではなく単なる希望にすぎなかった。

 不安に駆られたベアトリスがラブ・ポーションの誘惑に絶対に打ち勝てる、とまで言い切る自信はない。

「いや」

 声に出して首を振る。

「正々堂々と勝ち取って見せるわ」

 自分に言い聞かせるようにつぶやくのだった。

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