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糸目の衛士隊長はお人好し  作者: 新巻へもん


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第74話 沈黙する女性たち

 衛士団の屯所に戻ってきたベアトリスたちはとりあえず濡れた外衣を脱いで髪の毛を拭く。

 カウンターのところでは早くもやってきていたクィントス・ダブレオが何やら一生懸命にくどくどと話をしていた。

 ベアトリスの姿を見かけると近づいてこようとする。

「団長さん。話を聞いてください。どうも行き違いが……」

 ベアトリスはそれを手で制すると、ブランドへ使いを出すように団員に指示を出した。

 それからダブレオに見せつけるように木箱を抱え直すと、イライザとシャーリーを連れて団長室に入る。


 フランセーヌがお茶を運んできて一息ついた。

「上手くいって良かったわ」

 ベアトリスが応接机の上に置いた箱に目をやる。

「さすがブランドの計画ね」

「そりゃ、ブランドですもの」

「やはり、優秀な方ですね」

 話の流れがどうしても1人の男に向かってしまっていた。


 3人は箱の方を見ないようにしながら、箱の中身のことを考える。

 ラブ・ポーション。

 一時的にせよ、相手を自分に振り向かせることができる薬だった。

 もちろんそれだけでなくて肉体的にも相手を激しく求めるようになってしまう。

 イライザ以外の2人は思わず喉を鳴らし、慌ててそれを隠すようにカップに口をつけた。

 僅かに頬を赤くする。


 イライザだけ反応が異なるのは出自の違いが影響していた。

 ベアトリスもシャーリーも貴族階級の出身であり、将来の結婚に備えて男女のあれこれについて学んでいる。

 挿絵つきで詳細に描写された本を読んだ経験もあった。

 貴族は家を継ぐ男児が欠かせないのである。

 そのため、万が一にも上手くいかないことがないようにとこういう教育を受けていた。


 というわけでラブ・ポーションを飲んだ男性がどのようになり、何をしてくるのかの知識がある。

 後は本に描かれた男の顔をブランドに差し替えればかなり具体的な想像ができてしまうのだった。

 しかも、学んだ内容にはこの行為には快楽を伴うということも含まれている。

 ブランドの指や何やらが誘うだろう歓びまでが脳内を駆け巡った。

 2人は頭の中のぐちょどろな妄想を追い払うのに苦労をする。


 一方のイライザは孤児院育ちであり、誰からもそういった知識は教えられていない。

 下着で隠しているところは大事なところだから、他人に見せたり触られたりしないように気を付けなさいと言われている程度である。

 一応男性が女性を抱くという概念は知っていたが具体的な中身についてはほとんど知らない。

 いざというときは何でも知っているブランドに任せておけば大丈夫という考えであった。

 なのでイライザにとってはラブ・ポーションが想起させるものは甚だ具体性に欠けている。


 どうなるかを具体的に知らないので、ラブ・ポーションを手に入れることができた場合はすぐにブランドに飲ませることについてはあまり忌避感がない。

 近々、ブランドが出張時にかけた負担の詫びのために食事のお誘いがあるはずだった。

 その時に個室のあるお店をリクエストしてもいいし、ケブス村に行ったときのようにお弁当をもってピクニックに行ってもいい。

 その際にブランドにラブ・ポーションを飲ませてしまえばいいのだった。

 1度男女の関係になってしまえば逃げる男ではない。

 結婚の誓いをするまでは一直線である。


 その点、貴族階級はまだその辺りについては旧来の考えが根深かった。

 結婚前に関係を持ったことが公になるとかなり冷たい視線に晒されることになる。

 特にベアトリスの場合は父の逆鱗に触れないか自信がない。

 従って、ラブ・ポーションを我が物にしてもしばらくは隠し持つ必要があった。

 そんな様々な温度感で、3人は視界の端にラブ・ポーションのことを収めながら、他愛もない雑談をする。

 しかし、ついにお替わりのお茶も空になり、その話題を口にしないわけにはいかなくなった。


「それで、それはどうするんですか?」

 シャーリーの問いかけにベアトリスは木箱を見てから話し始める。

「先ほどのダブレオ氏の態度からすると、この箱の中身について争うつもりはなさそうだ。まあ、調書を取るまでは一応保管しておくということになるのだろうな」

「ではその後は?」

「もちろん、廃棄することになる」

「どなたが担当されるのでしょう?」


「イライザ隊長?」

 具体的な手順は知らないベアトリスが代わりに回答するように促した。

「そうですね。通常であれば事件を担当した隊の隊長が処分することになります。今回の件に関していえば、隊を単位として動いていないのですが、私またはブランドがすることになるでしょうね」

「なるほど。そういう手順なのですね」


 ベアトリスとシャーリーにしてみれば、イライザがちゃんと廃棄するかどうかが重要な点である。

 しかし、そんなことを口に出して聞くわけにはいかなかった。

 お前は信用できないと言っているに等しい。

 もし声に出してしまえば喧嘩を売っていると取られても仕方がない行為である。

 部屋の中を沈黙が支配した。


 3人とも服の中に隠し持っている小瓶の存在が気になっている。

 もしかすると自分1人でラブ・ポーションを見つけることができるかもしれず、その際に少しだけ移しておくつもりだった。

 結果的にそんな機会はなく、あとは廃棄前にチャンスをとらえて少量を失敬するしかない。


 ベアトリスとシャーリーはなんとか自分が処理する論理的な理由を考えようとし、イライザはそんな発言がでないかと身構えている。

 数拍の後に団長室の扉がノックされた。

「団長。ブランドです。今戻りました」

 沈黙が破られたことにほっとしながらベアトリスは声をかける。

「ああ。入ってくれ」


 ブランドはその肩でうとうととしているドラマタと共に入ってくると、応接机に近づいてきた。

 ドラマタは巡回中は雨除けの外套の下のブランドの制服の腹のところで丸くなっていたのだが、解放されたのと疲れたので眠くなったらしい。

「この木箱の中に入っているんですな。拝見しても?」

「もちろんだ」


 ブランドは片膝をつくと腕を伸ばして木箱の蓋を開ける。

 中からフラスコを取り出すと立ち上がって窓の方へと少し移動した。

「随分と入っていますな。これは数回分の量のようだ」

 明かりに透かして見ようとフラスコを持った腕を持ち上げる。

 その動作にドラマタは目を開け、興味を引かれたのかブランドの持つフラスコにとびかかり奪い取る。

 下に落ちたフラスコは絨毯が受け止め割れなかった。


 3人の女性のはっと息を飲む声がする。

「ドラマタ、やめるんだ」

 その声を無視してドラマタは片足でフラスコを押さえ、もう一方の足の爪を伸ばして栓を引き抜いた。

「あっ!」

 女性たちが立ち上がり悲鳴を上げる。

 フラスコから少し粘り気のある濃紺色の液体がカーペットにこぼれた。

 ドラマタが舌を出してラブ・ポーションをペロリと舐める。

「こら」

 そう叱りながら体を捕まえてくるブランドのことを見ると、フギャオンと興奮気味に鳴いた。

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