第73話 確保
作戦会議を行った2日後、撥水性の高い生地のコートを着こんだブランドが衛士団の詰め所から出てくる。
建物の外ではトールハイムに春を告げる煙るような雨が降っていた。
しっとりと体にまとわりつく雨をものともせずブランドが騎士団の屯所に向かう。
晴れの日と比べると人通りの少ない道を歩いていった。
途中で雨除けのフードを被った子供の一団とすれ違う。
「ブランド、おっはよう」
トマスの元気のいい声が響いた。
「お早う」
「お早うございます」
一拍遅れて他の子供たちも挨拶する。
「ああ、お早う。みんなの声を聞くと元気がでるな。今日も勉強頑張れよ」
「なあ、ブランド。今日は1人なのか? 最近は美人さんと一緒のことが多かったけど」
トマスはブランドの行く先の方向を見た。
「ああ、今日は騎士団の魔法使いのお姉さんと一緒の日か。じゃあ、ブランドも頑張ってな。何をしているのか今度聞かせてよ」
トマスは子供たちと連れだって学校へと向かう。
その後ろ姿を見送るとブランドはまた歩き始めた。
屯所に近づくと扉を開けて人が出てくる。
中から外の様子を窺っていてブランドの姿を見かけるやいなや出てきたらしい。
これは最近シャーリーと組んだときに毎回見られる姿であった。
騎士団の紋章が右胸に入ったフードを目深に被った人物はブランドに向かって頭を下げる。
ブランドは連れと共にトールハイムの町中の巡回を始め、何かを確認するようにゆっくりと歩を進めた。
その様子を物陰から窺っている3人組がいる。
ブランドが歩き始めるとそのうちの1人がどこかに走っていった。
ブランドが巡回を始めたころ、そこから少し離れた地点から軽快な1頭立ての馬車が走りだす。
車室がなく座席だけの軽馬車は雨除けの帳を降ろしていた。
泥はねを気にするのか急ぎの用がないのか馬車はゆっくりと通りを走る。
しかし、しばらく走ったところで帳の中から御者に指示が飛ぶと、馬車は角を曲がって速度を上げた。
トールハイムを二分する川にかかる橋を越え馬車は何度か方向を変える。
やがて前方を4頭立ての箱馬車が横切るのが見えた。
帳の中から小さく鋭い声がする。
「あの馬車を追って」
御者に指示する声は弾んでいた。
交差点を曲がって馬車は箱馬車を追い始める。
「ちょっと近づきすぎ。少し離れて」
しかし、後ろの小窓のところで人影が揺れるとたちまちのうちに箱馬車はスピードを上げ始めた。
「ん、もう。早く追って」
注文の多い客だなと思いながら御者は前金を貰っているので素直に指示に従う。
その瞬間、ぱっと帳が引き開けられると警告の声が飛んだ。
「衛士団よ。そこの馬車止まりなさい!」
停止を命じられた御者は従うどころか馬に鞭を入れる。
その瞬間に火球が2つ宙を飛んで箱馬車の後輪を破壊した。
尻もちをつく形となった箱馬車は石畳と擦れて耳障りな音を立てて止まる。
「止めて」
御者に命じると減速し始めるのがもどかしそうにイライザが地面に飛び降りた。
危なげなく着地するとタッタッタと箱馬車に駆け寄る。
箱馬車の中から目を回しながら出てきた2人組は近づいてきたのがイライザと見ると抵抗を諦めた。
まあ、人間誰でも命は惜しい。
いくら仕事でも町中で攻撃魔法をぶっ放す相手に抗うのは割が悪いというものだった。
「あんたたち、ダブレオ商会の人間ね」
声をかけられた2人組は顔を見合わせる。
「あ、あの、何か御用でしょうか?」
「あんたたちには用はないわよ。用があるのは馬車に積んであるもの」
「積んであるものとは?」
とぼけようとするのをイライザがぴしゃりと遮った。
「無駄な時間稼ぎはやめなさい。ネタは上がってるんだから」
そこにカラカラと車輪の音をさせて1台の軽馬車がやってくる。
イライザの顔が曇った。
更に別の方向からも軽馬車がやってくる。
1台目からはベアトリスが、2台目からはシャーリーが降りてきた。
抜け駆けができなくなったのでイライザはそっとため息を漏らすと、他の2人と一緒に箱馬車の中を改める。
座席の上には頑丈そうな木の小箱があり、施錠されていた。
馬車の扉のところから心配そうに覗き込んでいる2人にイライザが手を突き出す。
「鍵。もっているんでしょ」
「いえ、俺たちは持ってません」
「ふーん。じゃあ壊すしかないわね」
「ちょっと待ってください。そんなことをされたら俺たちが怒られます」
「それではどうするかな。シャーリーさん開けられる?」
ベアトリスが確認すれば大丈夫と請けあった。
「では開けてくれ。まあ、中に何が入っているかは既に分かっているがな」
衛士団長の許可が得られたのでシャーリーは箱に手をかざして呪文を唱える。
すぐにカチリと錠が反応する音がした。
「うわ。はや。さすがに私はこんなに早くは無理。というか、シャーリーさんにかかったら鍵の意味ないわね」
イライザは無邪気に言う。
この言葉は密かにベアトリスの心にダメージを与えた。
それを隠して事務的に告げる。
「では、開けるぞ」
すべすべした布が内張りされている箱の真ん中には麗々しくフラスコが鎮座していた。
半透明な容器の中には濃紺色の液体が入っている。
3人はしげしげとラブ・ポーションを覗き込んだ。
それぞれの目には様々な感情が去来している。
「あまり綺麗な色はしていないんだな」
ベアトリスが少し抜けた感想を漏らした。
「さて、目的は達成したし引き上げるとするか」
ベアトリスは蓋を閉めて箱を抱える。
箱馬車から降りると乗ってきた軽馬車にもう乗らないと合図をした。
訝しげな顔をするイライザに笑みを見せる。
「もちろんイライザ隊長も強奪されたり紛失したりしないように徒歩で守るのだろう?」
これは1人で馬車に乗り何かするんじゃないかという疑いを受けないようにするためだという意図は伝わった。
2人も馬車にもう乗らないと合図をする。
「この箱馬車は?」
「巡回中の隊に任せよう。今日は第1隊がこの方面を担当しているはずだ。そうだ、お前たち後で詰め所に出頭するんだぞ」
箱馬車に乗っていた男たちに命じると、ベアトリスは箱を小脇に抱えて歩き始めた。
その左右をイライザとシャーリーが固める。
鬱陶しい雨のせいで人通りは少なかったが3人が揃って歩く姿はひどく目についた。
「いいのですか?」
イライザが男たちの処置について質問する。
「構わん。どうせ中身のことは知らされていなかっただろうからな」
***
その頃、ブランドと一緒に歩くギルクスは声には出さないものの心の中でぶつくさとぼやいていた。
なんで、俺がこんな格好でこのおっさんと道行きしなきゃいけないんだよ。
理由を知らされずオーギュストにこのよくわけの分からない任務を命じられている。
不本意だが立場上シャーリーの偽物役を粛々と演じていた。




