第70話 ラヴ・ポーション
「ラブ・ポーションだと?」
ブランドの口から出た言葉が信じられずベアトリスは問い返す。
問われたブランドは書状をベアトリスの机の上に置いた。
「仕事で関わりがあった別の町の衛士団からの連絡です」
「ああ。ブランド隊長が魔女の実を精製した薬の密輸の摘発に手を貸した件だな」
ベアトリスが書状に目を落とす。
「はい。余罪を追及したところ、トールハイムにラブ・ポーションを流したと供述したようです」
効果が効果だけに若い女性の前で口にするのは憚られるはずのものだったがブランドは淡々と話をした。
「現実にはなかなかお目にかかることはないですが、この町で実際に使われたこともあります」
「そうなのか?」
「ケブス村での魔女の実事件の後に話をしたと思いますが、昔いい歳をした男が親子ほど年の離れた娘に入れあげたことがありました」
「そう言えば聞いたな」
「その時に若返りのために魔女の実を使っただけでなく、ラブ・ポーションも使っています。まあ、広く公にはされていませんが、その記録が書庫に残っていました」
「そうか。そんなことがあったんだな。それで今回のものは本物だと思うか?」
お互いへの気持ちを高め快楽を高めるラブ・ポーションは恋に悩む者にとっては垂涎の品である。
双方合意の上で使ってみたいというカップルも少なくない。
そのため実際には効果のない偽物を売る者もいた。
それらしい外観を有していれば偽薬効果を発揮することもあり騙されたことに気がつかないこともある。
「本物の可能性は高いと思います」
「まあ、私のところに相談に来るぐらいだからな。それでその理由は?」
ブランドは困った顔をした。
「それについてはお答えできません」
「団長である私にもか?」
ベアトリスは少し傷ついている。
「はい。申し訳ありませんが」
「では、話せない理由は?」
「それもご容赦願います」
ベアトリスは机の前で背筋を伸ばして座るブランドを見つめた。
相変わらず細い目は何を考えているのか窺いにくい。
上司に対して情報を開示しないというのは騎士団に比べると緩い衛士団でもあまりあることでは無かった。
口ぶりからするとブランドは恐らく製法を知っているようだが、そのことを話さないということは究極的にはベアトリスが秘密を保持できないと考えていることに他ならない。
良き上司であろうとし、それを実現できていると思っているベアトリスにしてみれば辛い仕打ちである。
なじりたくなるのをぐっと堪えて穏やかな声を出そうと努力した。
「詳細は話せないが本物である疑いがある。それが使われてはまずいから事情は明かせないが捜査させて欲しいということか?」
「はい。そして、必要な人員と臨時的に一緒に組ませて頂ければと存じます」
確かにそんなものを使われたら悲劇が起こりかねない。
片方が拒絶していたはずなのにある日突然2人がラブラブになる。
ラブ・ポーションの効果もいずれは消え、その時にかつてはその気が無かった方の絶望と悔恨はいかばかりだろうか。
そう考える一方でベアトリスの中の黒い感情がもぞりと鎌首を持ち上げた。
ブランドに使ってはどうだろう?
外堀というかベアトリス側の条件は整いつつあるが、肝心のブランドの気持ちは分からない。
嫌われていない自信はあったが、イエスの返事を貰えるかは分からなかった。
ただ、生真面目な男なので1夜を共にしてしまえば逃げることはないという気はする。
ブランドがラブ・ポーションを見つけ出したら、処分すると言って預かり自分のものとしてしまえばいい。
そんな考えをおくびにも出さないでベアトリスは問うた。
「で、誰が必要なのだ?」
「ラブ・ポーションの探知には魔法が必要です。仕事の内容的に口が固く信用できる者である必要もありますので、イライザと共に当たりたいと思います。隊長職にあるものが組むと他の業務に少し影響が出ますが……」
イライザ?
はあああ?
ベアトリスの頭の中で最悪の展開の想像が繰り広げられる。
ラブ・ポーションを発見した2人。
当然、人気のない場所であろう。
「これ、本物か確かめないと。これが偽物だったら他の場所に本物があるわけだし」
「そうだな」
「確かめるためにちょっとだけ舐めてみたらどうかしら。ほんのちょっとだけ」
「そうだな」
「じゃあ私が……」
「イライザにそんなことはさせられない」
容器の栓を外しまず匂いを嗅ぐブランド。
次に口をつけた瞬間にイライザが容器の底を持ち上げる。
「えい♡」
中身が勢いよく流れ込むとイライザが容器を奪い取って自分も残りを飲み干す。
「ああ、ブランド。私……」
妄想を掻き消すようにベアトリスは目の前の空間を手で払った。
「やはり衛士団の運営への影響が多すぎるでしょうか?」
ブランドがベアトリスを注視する。
「ああ、うん。それもあるが我々が留守中にイライザ隊長には多大なる負担をかけたからな。暫くは通常業務以上のことをさせるのは気の毒だ」
「確かにそうですな。しかし、そうなると見つけるのはかなり困難になります。機密保持の観点から外部の魔法使いはできれば使いたくないのですが」
「魔力検知ができればいいのだろう? それならば私が手伝おう」
ブランドは困惑した顔になった。
ベアトリスはすぐに聞き返す。
「私では力不足か? 確かに私は一般魔法しか使えないが」
「いえ、団長もお忙しいかと」
「しかし、本物のラブ・ポーションということになれば問題になる前に発見しなくてはな。これは重大案件だ」
「不確かな話なのにありがとうございます。では通常業務もありますのでいつ調査を行うか調整しましょう」
日程のすりあわせを行いブランドが部屋を出ていくとベアトリスはぐっと握り拳を作った。
イライザによる濃厚で背徳的な行為を防いだだけでなく、ブランドとの極秘任務に取り組むことができる。
うふふ。
これは私に向かって追い風が吹いてきたわね。
隅に控えていたバッシュが机の方に歩みよってきた。
「まずはこのような運びになったこと誠に重畳にございます。見事に勝機を捕らえられましたな」
「ありがとう。でも、チャンスを得ただけよ」
「左様でごさいますな」
バッシュは慇懃に一礼する。
「少し耳障りなことを申し上げてもよろしいですか?」
「もちろんよ」
「お嬢様は魔力検知の魔法はあまりお得意ではなかったと記憶しております。大丈夫でございましょうか?」
「きっと、問題ないわ。たぶんね」
ベアトリスは少しぎこちない笑みを浮かべた。




